第46回衆議院議員総選挙とWeb認識についての一考察

第46回衆議院議員総選挙が本日2012年12月16日、施行されます。 12党が乱立して現行憲法下では小選挙区に全国11ブロックの比例選挙区と併せ 重複立候補を除いても最多の立候補者数1,504人となる 立候補側に関しては頗る盛況なものとなりました。 しかし本記事に著したい要旨は、投票を薦めるものでも、 選挙結果の予想や分析でもありません。

秋田市議会議員一般選挙

一昔前からは考えられないほどインターネットが普及しました。 誰が日々ネットで情報を仕入れ、ショッピングをし、 人々の交流さえ行われるようになると思ったでしょう。 頃日にはこの傾向を鑑み選挙に於けるネット解禁の議論も喧しい処です。 選挙のネット解禁についての言説は大凡ネットで発信されもし 似たような傾向を取らざるを得ないものですから此処に考察する迄もないでしょう。 少し検索すれば類型的な主張が見て取れる筈です。

しかし若しかしたらこのような自らを先進的なネット民と考える人種と 本記事に考察する人種はかなりの部分で重なるものであるようにも感じられます。 ネットが普及するに連れネットは自己発信メディアと意識され出しました。 従来メディアを有するにはかなり大きなインフラを擁する必要がありましたが、 ネットを利用すれば極々微小な費用で自己発信メディアを所有出来るようななったからです。 これが一般消費者の産み出す CGMConsumer Generated Media) として意識され名立たる大企業をも当惑せしめる状況を作り出しもしました。 今や一般人が自由に情報発信を出来る時代となったのです。

世の中は従って中小や零細企業であっても自社情報発信用のメディアを 延いては一個人さえ自己発信メディアを持てるような事態となったのです。 インターネット内に形成されるシステムも 自社用、個人用ホームページを皮切りにブログ、Twitter、そして今や FacebookにmixiにGoogle+とSNSなど次々構築され、充実し、 漸次便宜も図られ益々情報発信は容易なものとなりました。

処で此処にメディアに対する認識の齟齬が発生したのです。 本記事に些少ながら考察したいのは正しくその点とそれが及ぼす影響です。 全くこの下らないものに関して些か滑稽さを含むのは承知しつつ真面目に考えてみたく思うのです。

考察点はメディアの配信範囲についてです。 従来大きなインフラを用意しない限りメディア足り得なかった時代、 メディアの影響力は抜群でした。 自己発信メディアに情報発信する人物の認識にこの従来メディアの影響力の影が 大きく作用している点について本記事は言及するものです。

従来メディアは用意された資本に応じ配信範囲が確保出来ていた状況でもありました。 例えば新聞メディアについて其処では資本や政治力に拠って確りと 中央紙と地方紙の棲み分けがされていましたし、 それはラジオやテレビにも資本と共に関連付けられる構成です。 従ってメディアとして考えれば資本の小さなメディアは配信範囲も限られる理屈でしたが、 此処に極小メディアの存在を可能にしたインターネットのブレークスルーが影響を及ぼしました。

即ち、大手メディアと極小メディアの存在意義に分断が齎され、 配信範囲もメディア資本の大小に由らぬものと考えられたのです。 確かに個人メディアが大手メディアの配信範囲を凌駕する事案の頻発が見られました。 確かに分断は有ったのです。 従ってメディアに於ける主要プレーヤーも、 メディアに関連深い広告代理店の主要プレーヤーも交代がありました。 従来メディアはインターネットメディアに顧客を奪われ凋落著しく その構造転換を余儀なくされる中にライブドア事件などは位置付けられるでしょう。

延いてはこの状況が極小資本にも適用される傾向は致し方ないとも言えるでしょう。 零細企業が一度ホームページを開始すれば客がひっきりなしに訪れ、 地方の一店舗がネットショップを開始すればそれは世界に向けた大店舗の開設に等しい、 と当事者の認識には明瞭に刻まれていました。 そしてそれはホームページが更にお手軽となったブログやTwitterに於いても同様です。 個人は世界に、全国に向けて情報を発信している認識を以て これら新規の情報配信ツール、所謂ソーシャルメディアを今や用いています。

その認識は今回の第46回衆議院議員総選挙に限らず、こと選挙戦となれば明瞭に顕現しました。 ソーシャルメディアを利用する向きには 選挙、投票を呼び掛ける発信が多いのに気付いてもいるでしょう。 其処では折に触れ、 選挙へ行け、投票しろ、 なるシュプレヒコールが連呼されます。 これは一体誰に向けて発信されているのか、 当然ソーシャルメディアに関連付けられた人物です。 従って連呼する人物も、される人物も同類にカテゴライズされるものですから、 畢竟、選挙に行く人物に向かって選挙に行け、との トートロジーらう構造を持つ滑稽な主張が繰り返されているのでした。 最早喜劇でしか有り得ません。

凡そ情報発信だけに意識が向いて対象者に関しては全く考えが及んでいないのです。 情報発信に不馴れな人物に於いてはしかしこれは致し方のないことかも知れません。 従って投票する人種に向けて投票しろと喚く滑稽譚がまたぞろ 繰り返される救いようのない喜劇は展開されるのでしたが、 本来選挙に行けと言う意見を主張したいのならば 先ずはその主張を配信するべき対象者たる選挙に行かない人種と 特にソーシャルメディアの如きツールに於いては繋がるべき必要があるのは、 冷静になって考えれば当たり前のことであると直ぐに気付くでしょう。

従来メディアは配信範囲に対象者が含まれるか否かの問題解決を大資本で以て担保しているのでしたし、 其処に広報効果も有り、宣伝媒体として価値も有していたのでした。 インターネット時代となってこれに取って代わろうとしているのは GoogleやYahoo、FacebookなどのITに出自を持つ企業であって当該スキームは彼等が踏襲し、 なかなか個人メディアがその実現を図るのは困難が伴うものであるのは論を俟ちません。

歴史の浅いインターネットと言うシステムの中のWebに於いては 以上のように利用者の認識は情報発信者としてはまだまだ不馴れに因って 頓珍漢なものとなっている事象は散見されます。 メディアとして従来メディアの配信範囲を引き摺る個人の情報発信者が 極々狭い中に限られた影響力を鑑みずオピニオンを高々掲げる喜劇は 斯くして当分は繰り返されることとなるのでしょう。 その間は情報受信者は多少分かり切った意見を聞かされ辟易しなければなりません。

しかし投票を呼び掛ける情報発信などはその滑稽さは別として未だ罪も有りませんが これが中小零細企業などに於いてインターネットに於ける経済行為と繋がれば ことは冗談では済みません。 一度Web上に自社情報を公開すれば世界中、少なくとも全国の人々がが見ると言う認識は 全くの妄想であるのは以上考察した処です。 良くてもソーシャルメディアで連絡し合った極々狭い範囲の人々に届くくらいで それとてソーシャルメディアのタイムラインの構造を考えれば全く保証の限りではありません。 自社の情報発信をビジネスに活用せんと渇望、切望、熱望する其れ等小規模企業は 凡そ誰にも見られないホームページ構築に決して企業規模に比して廉くもない金額を掛ける 悲喜劇に見舞われることとなるのです。 まだまだWebが理解されていない状況はこの如き悲しい物語を次々と産み出しているのでした。

大きな悲劇を招き兼ねないWeb認識についてはともあれ、 第46回衆議院議員総選挙に関しての如き情報発信は大きな害もなく孰れ収束して行くでしょう。 此処に於いて選挙に行かない人物に向けて発信される言説を目に留め読むのは選挙に行く人物だけで 経済的には畢竟選挙に行け、と言う主張は無意識的にしろ明確に 選挙に行く人物を顧客として成り立っているとも言えるでしょう。 其処での発信者は己を意識の高い人物として他者に認めさせ得たと言う マズローMaslow) が人間の欲求を5段階に分類した内にも最も価値の高い 第4段階の承認欲求と第5段階の自己実現欲求が満たされた気分になるのですが、 聴かされる方はそっとその画面を閉じ、繋がりを切れば事足りもします。

使用写真
  1. 秋田市議会議員一般選挙( photo credit: くーさん via Flickr cc
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