クラウドとWSC~書評前編~Googleクラウドの核心

ポストPC時代を迎え各社が対応に鎬を削る[K1] 分野がiPadを嚆矢として立ち上がったタブレット市場です。 この動向はモバイル時代と言う言葉では括り得ない状況であり、 メインフレームからデスクトップと移ったコンピューティングが パーソナル化の流れに従った字義通りのPC次世代の状況と言えます。 ソフトウェアに特化してきた企業も愈々片足ながら重心をハードウェアにも乗せ 次々とタブレット端末を送り出すようにもなりました。[K2]

さて、以上を表の動きとすれば 影ながら大きな動きを示している分野もあります。 それはこの表の動きを裏から力強く支える分野でもあります。 これが俗に言う クラウド です。 米ITコンサルティング企業 Gartnerガートナー) の2008年の指摘[※1] は正に正鵠を得たものであったのですが、 このクラウドを従来のASPとどう違うのか、 2009年時点でも自称IT専門家に説明するのは苦労したものです。[※2] しかしこれは今や一般の人々の口にも時折上るほどともなりました。

市民権を得たクラウドですが、 とは言え名は体を表す、とばかりに曖昧模糊としてなかなか掴み処のないのも確かです。 これを深く知ろうとすればクラウドの両雄[※3] たる一方の雄 Google について知るに如くはないでしょう。 クラウドの中軸たる技術に関与したエンジニアが著した書物であればお誂え向きなのは論を待ちません。 その目的に好適な書籍が Googleクラウドの核心 です。 原題は The Datacenter as a Computer - An Introduction to the Design of Warehouse-Scale Machines 、著者は ルイス・アンドレ・バロッソLuize Andrė Barroso) と ウルス・ヘルツルUrs Hőlzle) 両名の共著になるものです。

クラウドの中核たる概念は本書冒頭に記される WSCWarehouse Scale Computer) であり、実際原題にはクラウドと言う語彙は用いられていません。 何を以て読者に訴求すべきか訳者の労が偲ばれる処ですが、これは的を射た邦題であったでしょう。 従来コンピュータが敷き詰められ傍目には倉庫にしか見えない無愛想な建物としてあった データセンターは今や中のコンピュータは有機的に繋がり まるで一つのコンピュータであるかのように機能する 字義通り物理的に倉庫規模の大きさを持つコンピュータ、WSCと化したのでした。 これがポストPC時代、クラウド時代を縁の下から支える舞台装置ともなるのです。

著者両名はGoogle社でもサーバーなどインフラ系に卓抜したエンジニアであり、 キャリアとして爆発的にデータ量が膨らむGoogle内で技術インフラに携わって 正しくWSCの設計者であると同時にプラットフォームの顧客でもあり そのプログラマでもある稀有な存在であったため 設計上の決断を製品のライフタイムを通して評価するという貴重な経験を閲し得たのでした。 この経験から本書の目的たる

  • WSCと言う新しい設計空間の紹介
  • WSCの諸用件や諸特徴の記述
  • 当該設計空間に特有で重要なチャレンジの幾つかへの注目惹起試行
  • Google内で実経験した設計、プログラミング、運用の一部の紹介
を遂行出来る立場にあり、実際にその試みの成否は本書を通読すれば肯んじられる処です。

Googleの提供するサービスを用いていれば屡感じられるのが その処理が相当大雑把であるのは多くに共通する感覚ではないでしょうか。 例えばWeb検索に於いては絶対的な正確性は必要とされず、 高性能でアトミックな更新やハードウェアの高耐障害性に重きを置いていない旨記されます。 しかしこれが通用しないのは広告クリック数計測アプリケーションであるとするのは尤もなもので この振れ幅の広い要求がWSCには汎用性が必要とされる所以で2.4項に記されるものですが、 本書の目的とは異なる処でGoogle社の自社提供サービスに関する認識が垣間見え興味深く思います。

本書の目的を逸脱するのを承知でもう少し突っ込めば 如何様検索サービスに正確性は必要ではありませんが、 広告クリック数計測に関しては情報が公開されておらず 顧客はGoogle社の言い分を信用するしかない部分に不満を抱える向きもあるかに聞き及びます。 ビッグデータのアバウトな処理に偏り勝ちなクラウド処理の解説に この如き深刻に正確性の要求される処理の言及が本書には比較的少ないのは致し方ないとしても これを担保する更に詳細な解説をものした書籍の上梓も望みたいものですが、 本書にこの事案は望むべきにはないのは読者は胸に留めておいた方が良いでしょう。 しかしGoogleを世に突出せしめた中核の検索エンジンと、 Google社をゴーイングコンサーン足らしめる広告事業に必要とされるハードウェアリソースが 対極にあってそれこそWSCの汎用性の要因であるのは何某か象徴的です。

同項目の3段目には co-citation なる語彙が用いられています。 Googleと言えばSEOと強く共起するものでしょう、 SEO業界には頃日この話題が新概念として取り沙汰され 共起サイテーション などと訳されもする[※4] ようですが、此処には然にあらず、極く自然に 学術文献検索時の類似性を見る指標として翻訳者に 共通引用 と訳されるのは、此れも本書の目的からは外れますが 数年前の余談が現在のGoogle先進フォロワーの議論の的となる事態に 本書の特性を現しているとも言えるでしょう。

WSCとは建物がそのまま一つのコンピュータの如くであれば そこに必要なのはソフトウェアでありパソコンで言えばOSと呼ばれる 基本ソフトウェアは必須で、それを本書では クラスタレベル基盤ソフトウェア と呼んでいます。 パソコンであれば購入すればOSはウィンドウズであれマックであれ所与のものとしてあり 通常は悩む必要もありませんが、WSCではそうは行きません。 その様な製品はこの世に有りませんし、外注に製作を依頼しようにも それを可能にする技術を持つ組織も少なく、しかもメンテナンスに不安が残れば 勢い自ら構築するしか選択肢はなくなります。

しかし、これこそがクラウドの中核たる所以と言えるものに考えます。 この段には図らずも独自構築の理由として柔軟性とコスト効率が上げられますが 必要にせまられたにせよ巨大な規模に於ける独自基盤ソフトウェアの構築が達成されることで スケーラビリティに優れ、24時間稼動の可用性を保ちえるクラウドのクラウドたる 特性が初めて顕現するのです。 巷間ホスティングサーバーの寄せ集めのデータセンターをクラウド呼ばわりする 珍妙な言説が散見されますが如何にそれが滑稽な勘違いであり、 また確信的であれば如何に欺瞞に満ちているかがこれに明らかでしょう。 本書が原題のコンピュータとしてのデータセンターを クラウドの核心と邦訳する所以です。

この購入か独自構築かなる議論が本書に書かれるのが第2章の最後の項になります。 即ち第2章はソフトウェアについて書かれているのであって、 では全体を俯瞰する意味で書評の前編としての本稿の最後に本書の章立てを記しおきましょう。

  1. イントロダクション
  2. 負荷とソフトウェア基盤
  3. ハードウェアの構成要素
  4. データセンターの基礎
  5. エネルギーと電力の効率
  6. コストのモデル化
  7. 障害と修理への対応
  8. WSCの課題

稿が長くなりましたので以上イントロダクションから第2章迄の 現代のコンピュータの状況の肝たるクラウドとその兵站たるべきWSCの密接な関係を以て前編となし 以降は第3章から第5章に関する中編、及び第6章以降に関する後編に譲ることとします。

使用写真
  1. Google Cloud Rack( photo credit: mdornseif via Flickr cc
かたむき通信参照記事(K)
  1. Google時価総額Microsoft超え~ポストPC時代対応で差の付くIT上位3社(2012年10月2日)
  2. ネクサス7登場~ハードウェア市場に舵を切る巨大ソフトウェア企業 | かたむき通信(2012年9月25日)
参考URL(※)
  1. Gartner予測の今後5年間に普及する革新的技術(Acenumber Technical Issues:2008年6月8日)
  2. クラウドコンピューティングとASPからSaaSへの遷移(Acenumber Technical Issues:2009年1月19日)
  3. クラウドの両雄(Acenumber Technical Issues:2010年9月23日)
  4. “共起サイテーション”がアンカーテキストに取って代わる? 2013年のGoogleアルゴリズム大胆予想(海外SEO情報ブログ:2012年11月20日)
Googleクラウドの核心書評記事一覧
  1. 前編~クラウドとWSC(2013年1月4日)
  2. 中編~エネルギー効率化と比例性(2013年1月17日)
  3. 後編~WSCの課題(2013年2月14日)
  4. 付編~DRAMエラーは珍しくない(2013年3月1日)
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