リシャール・ミルの超高級腕時計に採用されるカーボンナノチューブ素材

ソーセージを咥えたままで高級腕時計の商談が出来るかと1991年、 バーゼルフェアから独立して立ち上げた宝飾腕時計ビジネスショーである、と実しやかに囁かれるのが S.I.H.H. (Salon International Haute Horlogerie:国際高級時計サロン) 通称 ジュネーヴサロン です。 今年2013年はバーゼルワールドは4月25日から5月2日に掛けて開催された〔K1〕 のに対し、第23回目となるジュネーヴサロンは1月21日から25日迄ジュネーブ郊外で開催されました。 参加したのは孰れ劣らぬ綺羅星の如きリシュモングループを中心とした16ブランドと S.I.H.H.公式サイトの BRANDS ページに見え又其の様子はボヴェ(BOVET)も加えるGressive〔※1〕 やOPENERS〔※2〕 にレポートされています。

  • カルティエ(Cartier)
  • ヴァシュロン・コンスタンタン(VACHERON CONSTANTIN)
  • ジャガー・ルクルト(Jaeger LeCoultre)
  • リシャール・ミル(RICHARD MILLE)
  • アイ・ダブリュー・シー(IWC)
  • モンブラン(Montblanc)
  • ラルフ ローレン(Ralph Lauren)
  • ヴァン クリーフ&アーペル(VAN CLEEF & ARPELS)
  • オーデマ ピゲ(Audemars Piguet)
  • ボーム&メルシエ(BAUME&MERCIER)
  • A.ランゲ&ゾーネ(A.LANGE & SOHNE)
  • ロジェ・デュブイ(ROGER DEBUIS)
  • グルーベル・フォーシィ(GREUBEL FORSEY)
  • パネライ(PANERAI)
  • パルミジャーニ・フルリエ(PARMIGIANI FLEURIER)
  • ピアジェ(PIAGET)

本年は 独立独歩 を旨とするが如く各ブランドの個性が際立つ中にも、固より其のコンセプトを 時計のF1 とし2001年にスイスはジュラ地方に創業し強烈な個性で近年急速に頭角を現した Richard Mille (リシャール・ミル)がありました。 今年S.I.H.H.での発表モデルを以下表に挙げましょう。

Ref.モデル名アンバサダー予価
RM 58-01トゥールビヨン ワールドタイマー ジャン・トッド
Tourbillon World Timer JEAN TODT
ジャン・トッド
(FIA会長)
57,750,000円
RM 036トゥールビヨン G-センサー ジャン・トッド
Tourbillon G-Sensor JEAN TODT
47,250,000円
RM 27-01トゥールビヨン ラファエル・ナダル
Tourbillon RAFAEL NADAL
ラファエル・ナダル
(プロテニス選手)
69,300,000円
RM 59-01トゥールビヨン ヨハン・ブレイク
Tourbillon YOHAN BLAKE
ヨハン・ブレイク
(短距離走者)
53,865,000円
RM 030オートマティック デクラッチャブルローター
ジャパン・リミテッド
Automatic Decluchable Rotor Japan Limited
日本市場
限定モデル
12,075,000円
RM 11-01フライバック・クロノグラフ ロベルト・マンチーニ
Flyback Chronograph ROBERTO MANCINI
ロベルト・マンチーニ
(サッカー監督)
12,180,000円
RM56-01トゥールビヨン サファイヤクリスタル
Tourbillon Sapphire Crystal
-164,850,000円

其の価格は紛うことなき超高級腕時計、多くに複雑機構の代名詞たる トゥールビヨン が冠されているのも其の証しでしょう。 そしてもう一つ特徴的なのが7機種中、 RM036、RM27-01、RM59-01、RM030(表中Ref.太字) の4機種と半数以上のケースに採用される素材が カーボンナノチューブ であるのでした。 カーボンナノチューブ(Carbon nanotube:CNT)に関しては かたむき通信にも以下記事をものしました。

取り扱う際には其の半導体素材としての特性や、 其の端が閉じればフラーレンとなる構造に注目しましたが同時に 炭素同素体 に共通する特性として硬く、軽い、と言う性質を保有すれば、 此れを腕時計の超軽量ケースとしてリシャール・ミルは結実しているのでした。

此の軽量ケースが如何なる効果を齎すかと言えば 其れはアンバサダー、ラファエル・ナダル氏とヨハン・ブレイク氏、2人の存在が示しています。 極々1級のアスリートの腕に嵌められてこそ其の価値を発揮するのは 軽量故にパフォーマンスの邪魔にならないからでした。 実際、両氏は腕に専用モデルを巻いてプレイもするのです。

ラファエル・ナダル氏はテニスのトッププレイヤーとして活躍、 特に得意とするコートサーフェスの全仏オープンでは2005年から8年の 男子シングルスを連覇するなど無類の強さを発揮します。 其の彼が2010年に実際腕に巻いて大会を戦ったのがリシャール・ミルが彼の為に専用に開発したモデル RM027 でした。〔※3〕 前年2009年には5連覇を逃すも氏は見事此の年RM027を左手に5勝目を勝ち得ると再び連覇を続け、 遂には2012年、 ビヨン・ボルグ(Björn Borg) 氏の記録を塗り替える全仏7勝目を成し遂げ〔※4〕 更に今年再び4連覇を達成し全仏最多タイ8勝のキャリアを誇ります。

そんなラファエル・ナダル氏の2回目の4連覇では常に彼の利き腕には リシャール・ミルの超軽量モデルRM027が纏われていたのでした。 驚きとは言え当然のことながら激しいプレイの後も トゥールビヨンと言う複雑機構は何事もなかったかのように動き続けました。 其のRM027の系譜を次いで2011年には RM035〔※5〕 そして今年 RM27-01 が発表されたのです。

ヨハン・ブレーク氏はジャマイカの陸上競技選手であり、 世界のトップ・スプリンターとして活躍、 2011年の世界陸上では男子100mのゴールドメダリストであり、2012年ロンドンオリンピックでは ウサイン・ボルト(Usain Bolt)氏の後塵を拝したものの100m、200mともに銀メダルを、 男子400mリレーではボルト氏等と組んで見事、金メダルを獲得しています。

其の氏の為にリシャール・ミルが特別に誂えたモデルが緑も鮮やかなジャマイカンカラーを纏った RM59-01 でした。 歪みを加え、左右で厚みも異なる変形トノー型のフォルムは空気抵抗を考慮したのでしょうか、 又、アンチコロダルPb109合金製の4本のブリッジは氏のポージングのイメージされる意匠で ムーブメントの円滑な動きとショック体制に寄与するのだと言います。 そして何よりカーボンナノチューブ素材のケースは驚くべき軽さを実現しているのは間違いありません。 残念ながら其の明確な数値は判明しませんがRM59-01の重量は58gとも言われています。 ナダル氏のモデルRM27-01のケース重量は約19gと伝えられますから 無理の無い自然な数値と捉えて良いものと思われます。 其の超軽量ケースに於ける組成は件のカーボンナノチューブを ポリマーで満たした型に射出して成型され、強度は鉄の200倍を誇るのです。

上の両アンバサダーのモデルを見れば、 機械的な複雑さを示すトゥールビヨンが一流のアスリートが装着し運動する衝撃に耐え、 尚且つパフォーマンスに影響しない超軽量であるのに、 正しくコンセプトの腕時計のF1足る所以が知れるのです。

此のリシャール・ミルを率いるのは自らの名を其の儘ブランド名に冠した リシャール・ミルRichard Mille) 氏ですが、まだまだ本邦には其れ程広く知られる処ではなく、 Wikipediaにも日本版に項目立ては見付からぬのも尤もであるのには 英語版にも其のブランドの極々セレブ向けの時計である説明の冒頭にたったの一行、 実業家でありスイスの同名の高級腕時計メーカーのオーナーである、 と記されるのみなのでした。

一般には杳として知れないリシャール・ミル氏の素性ですが、 此処でまたGressiveが配信する リシャール・ミル(RICHARD MILLE)加速するリシャール・ミルの世界 の一連の記事が用立つようです。 氏は1951年フランス生まれであり高級宝飾店 MAUBOUSSIN (モーブッサン)CEOとして実業界に名を知られ、然る後1999年独立、 ウォッチ・コンセプター としての活動が開始されたのでした。 商談はなかなか情熱的と言うか喧嘩腰と言うか破談も辞さぬ構えのようで、 気難しい面も持つのかも知れず、 腕時計ファン垂涎のトゥールビヨンを放り投げるパフォーマンスも時折供覧に呈すようです。 〔※7〕 提供する腕時計は確かに最高品質には違いないものの強烈な個性と超高値とて、 其のブランドを日本に浸透させるには相当の苦労が要ったと リシャールミルジャパン代表氏は述懐します。 2002年に商社勤務時代に出会って売れぬ苦労の中、2004年に代表氏はリシャール・ミル氏の自宅を訪へば 其れはフランス・レンヌの古城とて、門から城まで約1kmを隔てる庭には 野兎や孔雀が放し飼い、と途轍もない経済力を垣間見せます。 そして漸く陽の目が見られそうだと確信したのは2005年、F1ドライバー、 フェリペ・マッサFelipe Massa) 氏がアンバサダーとなる最初の自動巻きモデル登場の時だとします。〔※8〕

またセレブ向けに冒険と挑戦と貢献を基本理念として人物記事を配信する ファウスト にはインタビュー記事〔※9〕 が配信されており、所有車がポルシェ917、910、ローラT70、マクラーレンF1、フォードGT40 と紹介され、F1マシンのフェラーリ312Tは現在の自車を全て売り払っても手に入れたいと披瀝、 なかなかのカーマニア振りが披露されています。 ブランド価値向上の手法を問われれば 明確効果的な戦略の立案と大量生産の否定が旨とされます。 其の上でターゲットを文化の理解者、即ち本物を知る人とし、 例として自らの友人達を上げるのには皆其の保有するフェラーリは12気筒モデルと明言するのは 些かスモールフェラーリのオーナーの歯噛みしスモールを冠されるカテゴライズを 拒否する志向の所以足る処でしょう、 此の発言にもリシャール・ミル氏の歯に衣着せぬ気質が窺い知れます。

此処迄来れば既に不思議ではありません、 其のインタビューが用意されるのは車雑誌 スクーデリア に於いてでした。 川端由美 氏をインタビュアーとする其れは2009年10月〔※10〕 に実施されたようで、リシャール・ミル氏の更に詳細を穿とうとすれば 当該号を手に入れるのが好適であるでしょう。 計時を以てする腕時計と自動車レースの深い関係と其の発展の証左とも言えるのかも知れません。

以上を見れば時計師にもデザイナーにもあらぬコンセプターとしての在り方は ニコラス.G.ハイエクNicolas George Hayek〔K2〕 氏や ジャン・クロード・ビバーJean-Claude Biver〔K3〕 氏を髣髴とさせ、特に後者とは機械式ムーブメントに拘り、 F1レーサーをアンバサダーとする其の手法に大いに類似性が見出せるようです。 ビバー氏は ブランパン (Blancpain) を機械式時計に特化し復興せしめ オメガOMEGA) ではF1チャンピオンの ミハエル・シューマッハMichael Schumacher) をアンバサダー足らしめ、請われて遂に ウブロ(Hublot) を成功に導いて、最早腕時計界に伝説的存在として其の一挙手一投足が注目されます。 リシャール・ミル氏はビバー氏の手法を更に先鋭化して戦略立案している感も窺えますが、 経済的成功は兎も角、未だビバー氏の域に達しているとは言い難い感も有り、 機械式高級腕時計ブランドとして、極めて嗜好性の強い其の分野は 伝説的な物語性を必要とする分野でもあり、今後の展開が期待される処でもあるでしょう。

最後に今回に限らず惜しむらくは素材に先進的な取り組みを見せる リシャール・ミルに於いてカーボンナノチューブへの言及が些か蔑ろ、疎かに感じられる点です。 かたむき通信に扱ったように半導体や極小ベアリングに活かされるカーボンナノチューブの特性が 如何にして腕時計の素材として活かされているのかが、詳しく語られていない面が残念に思われるのです。 カーボンナノチューブ配合のカーボンコンポジットとは如何なる組成なのか、 企業秘密として軽々に情報公開はならないかも知れませんが、 出来うる処迄、其の秘密を、 縦令伝説的装飾を施されても構わぬでしょう、開示されて欲しくもあります。

使用写真
  1. entrée créative, horloger Richard Mille (FR75,PARIS)( photo credit: jean-louis Zimmermann via Flickr cc
かたむき通信参照記事(K)
  1. スウォッチ・システム51バーゼルワールド2013に登場す(2013年8月25日)
  2. スイス時計救世主スウォッチグループの創設者ニコラス.G.ハイエク氏とは(2012年4月28日)
  3. ウブロの腕時計の精度を影ながら支える静岡県の加工機械とビバー氏の為人(2013年7月20日)
参考URL(※)
  1. S.I.H.H.(ジュネーブサロン) 2013(Gressive)
  2. SIHH 2013|ジュネーブサロン総力レポート|最新高級腕時計のすべて(Web Magazine OPENERS:2013年4月17日)
  3. ナダル選手着用のリシャール・ミルRM027(4,935万円・予価)全貌(ブランド腕時計ガイド:2010年6月3日)
  4. 今季全仏オープン、ラファエル・ナダルが腕のRM 027と共に偉業達成(ブランド腕時計ガイド:2012年6月19日)
  5. リシャール・ミル RM027&RM035(M&Rコラム:2012年6月28日)
  6. [超速報]RM 59-01 Tourbillon Yohan Blake(RICHARD MILLE GINZA:2013年1月21日)
  7. リシャールミルジャパン代表が語る日本導入秘話(Gressive)
  8. ウォッチ・コンセプターの無限の可能性(Gressive)
  9. 時計もクルマも、「本物を知っている」人にこそ リシャール・ミル「リシャール・ミル」オーナー(Faust A.G.:2010年9月30日)
  10. カワバタユミの2020年、クルマの旅: リシャール・ミルさんのインタビューに行って来ました!(HOBIDAS AUTO:2009年10月21日)
スポンサー
スポンサー