レストラン近畿大学水産研究所の大人気に不足する近大マグロと安定供給への課題

店名は 近大卒の魚と紀州の恵み~近畿大学水産研究所 、何とも飲食店に相応しからぬ文字列で些か心配になってしまいますが否、 大繁盛で店に卸すべき養殖魚が足りなくなってしまっていると言うのですから驚きです。 今年春、2013年4月26日に大阪市北区大深町3-1、 即ちJR大阪駅程近くに開業した今関西で最も注目を集めている商業施設 うめきた・グランフロント大阪 北館の中核施設である ナレッジキャピタル の6階に出店された 〔※1〕 近大マグロを堪能出来るお店です。

近大マグロとは近畿大学が世界で初めて 完全養殖 に成功したクロマグロです。 完全養殖とは一般の養殖に於ける天然から捕獲した稚魚を成長させる蓄養マグロとは異なる 養殖施設で人工孵化、稚魚から成長させた成魚の子が又成長して子を産む、 と天然とは全く断絶したサイクルでマグロを養殖するもの 〔K1〕 です。 世界で消費されるクロマグロの8、9割が日本で食べられており、 其の内天然は41%、海外養殖は37%、国内養殖が22%とされていますが、 しかし養殖と銘打てど其の殆どは天然クロマグロの幼魚を捕獲して成魚に育てている状況です。 其処に世界で初めて完全養殖を成し遂げたのが 近畿大学水産研究所 でした。 近畿大学は昭和25年(1950年)戦後の食糧難に対応するため魚の養殖研究を開始し、 此れ迄に18種類の完全養殖に成功しているのですが、 其の中でも最も画期的だったのが今から11年前の 2002年8月25日にメディアに成功が報じられたクロマグロでした。

様々な形で一般消費者にクロマグロを試験的に届けていた近畿大学水産研究所は 遂に恒常的な自店舗を構えるを企図するに至った 〔K2〕 のでした。 近畿大学水産研究所がクロマグロを養殖し、其れを近大発ベンチャーの アーマリン近大 がスーパーや寿司店など小売に卸し、其の一店舗がアーマリン近大の経営する冒頭の 近大卒の魚と紀州の恵み~近畿大学水産研究所 となっている仕組みです。

アーマリン近大は孵化に成功しているのですから今では養殖魚は成魚のみならず稚魚迄商っており、 売上高28億円分、天然資源枯渇への対応に一役買っている勘定です。 更には此の長く地道な活動が恐らくはクロマグロの漁獲規制緩和に何某かの影響を齎しただろう、 とはかたむき通信にも記事 〔K3〕 にしました。 近大の当初の目論見通り養殖魚研究と其の実践は マグロ食と言う日本の食文化の維持保全を果たしていると言えます。

かたむき通信に当該店舗出店の予定を巨年末に配信した 〔K2〕 のでしたが、同記事に天然と養殖についての考察で 養殖物の価値が不当に貶められるのを懸念したのでしたが全くの杞憂であったのは 其の大賑わいが示す処です。 近大マグロについては其の成功の一報よりメディアに大いに取り上げられる処で、 今回此の繁盛振りを知らせてくれたのがテレビ東京の人気番組 ガイアの夜明け の2013年9月3日放送分の企画 絶品の味を"技術"で安く! に於いてでした。

此の店で使用される鮮魚は全て近畿大学の養殖魚です。 店前には未だ午前11時にも関わらず近大で養殖された鮮魚を求めて 喉を鳴らしたお客が長蛇の列を成しています。 アーマリン近大が近大養殖魚を卸すのは此のお店に限らず地元で人気の寿司店もあり、 其処では最高級品の青森大間産の大トロ1貫2,000円也のクロマグロに混じり 大トロ1貫500円也の近大マグロも置かれているのは 色もいいし味もいい と寿司屋店主と言う極々鮮魚の専門家に近大マグロが認められたからでもあります。 勿論専門家のお墨付きのみならず大阪郊外のスーパーでも近大養殖魚のコーナーには マグロだけでなく鯛や平目や縞鯵が並び、廉くて美味しいと評判で 関西人にとっては最早お馴染みの食材もなっており、 味に関しては折り紙付きでもあるのでした。

処がディナーは17時からと書かれた手持ち看板を手に頭を下げる店員に 残念な顔で引き上げる客が多数、ランチに用意した200人前のマグロが 何と30分で売り切れてしまった様子が映し出されます。 店舗は66坪余りに93座席用意するもいつも満席の活況を呈しているのです。 列を成すお客のお目当ては勿論クロマグロです。 店内に飾られるマグロの頭は此の日客に出されているマグロのもので 全長は208cm、体重は175kgと記されています。 あなたは近畿大学の水産養殖過程を優秀な成績で卒業され お客様にご満足いただけるよう立派に成長したことを此処に証します。 なるアーマリン近大の発行する卒業証書を持つマグロです。 味も定評を得始めた近大養殖魚であるに加えかたむき通信2012年12月4日の記事 〔K2〕 に想定客単価は4~5千円とした其の値付けもランチメニューでは 以下のように品揃えされますから列が長蛇を成すのも当然なのかも知れません。

  • マグロとシラスの丼:1,600円(一番人気)
  • 刺身盛り合わせ定食:2,400円(マグロの他にブリやシマアジ)
  • 真鯛のお茶漬け御膳:1,400円

此の予想を上回る売行きに近畿大学に於ける養殖魚の生産が追い着いていない状況が 近大マグロ安定供給への課題を浮き彫りにしてもいました。 店舗にお客が欲するのは現状8割方がマグロ丼にマグロ3点盛と 特に養殖魚にもマグロの生産が追い着きません。 養殖現場からは、出荷を抑えてくれ、と言う要望まで飛び出る始末でもあるのです。 和歌山県、串本町の近畿大学水産研究所大島事業場では 30の生簀で凡そ5,000匹のクロマグロを養殖していますが、 ガイアの夜明けテレビ取材日に目の前で水揚げされたクロマグロは30kgに満たない小型でした。 近大マグロの人気に生産が追い着かず頭を悩ませているマグロ養殖の責任者氏の言には 養殖の在庫が減ってはこの如き小さなものでも出さざるを得えず、 本当は冬を越せば40kgほどまで育つものでもあれば、そうなった処で出荷したい、 と実は小振りなマグロは前倒しして出荷されている状態だったのです。 安定供給への課題は以下の2点でありました。

  • クロマグロの餌は鯖や鯵などの生餌が用いられれ其の1ヶ月の餌代が500万円以上掛る
  • 完全養殖は完全養殖ながらしかし其の孵化から成魚へ成長する 生存率は僅か1%に過ぎない

前者の餌の問題に於いては以前は食用に適さないと餌用に回ってきた小型のものが 今はアフリカ等で食べられるようになって 人口の増えている処へ回されてしまうため品薄で価格も急騰 生餌の量は減り価格は高騰していると言う事情があります。 其処で近大では近畿大学浦神実験場を中心に人口餌の開発を進めていたのでした。

人口餌の材料には鯵や鰯を粉末にした 魚粉 及び小魚から抽出した 魚油 、そしてビタミン、ミネラルが配合されます。 しかし其の開発も容易なものではなく、20~30種類、 作っては試し、またマグロが食べなかったと言うことが幾度も重なり 最早神に祈るような感じでの試行錯誤が続けられたのでした。

其の結果14年掛けて現在、直系0.6mmから2cmまでの様々なサイズのペレット状の 人口餌が開発され実際に使用されています。 此の人口餌で飼育したクロマグロは体重12~13kg迄成長しはしたのですが 此れ以上大きく、30kg、40kgとなると2cmの餌は次第に口にしなくなるのだそうです。 処が此のペレットを2cm径以上にするのが極めて困難であるのでした。 近大とタッグを組んでクロマグロの人口餌を開発している 日清丸紅飼料株式会社 の担当者の言には同社最大の人口餌ペレットの最大サイズは直径22mmに過ぎず、 成魚のクロマグロが必要とし開発が急がれていた直径3cmのものは、 単に8mm大きくするだけ、と安易に考えるようには決して為しえない至難の業である、とのことです。 先ず其の大きさで形を保つこと、乾燥させることが非常に難しく また設備も製造条件も見直さなければいけない、と聞かされれば難易度の高さが窺い知れます。 考えてみれば其の如き大きな餌を口にする巨大な生き物の養殖はありませんでした。 だからこそ近大のクロマグロの完全養殖は画期的だったとも言えます。

人口餌ペレットの拡大に於いて中にも最も難しかったのが マグロの成長に欠かせない魚油を3cmと言う大きさの中に如何に染み込ませるか、でした。 研究の末、以下の工程を経て魚油を3cmの魚粉の塊に封じ込めることに成功したのでした。 此の餌を大量生産できれば生餌よりコストが低減出来、前者の問題は解決に近付きます。

  • 魚粉を3cmの大きさに固める
  • 空気を抜いて減圧、真空状態にする
  • 魚粉の塊の表面に魚油を掛けてコーティングする
  • 其の後一気に加圧すると周りの魚油は魚粉に染み込み中央で固まり封じ込められる

遂に上の手法で以て開発された3cmの人口餌が 鹿児島から串本に届いた上では早速、 特別な人口餌飼育専用生簀の130匹のクロマグロに給餌すれば 生簀に飛沫が上がり頻りと体全体を使って頬張る様子が見られ、 新人口餌は成長したクロマグロに好まれているのが窺われます。 此れを3箇月続けてクロマグロの体重も急激に増えた処で 市場に出荷出来るか如何かの品質チェックとして試食がなされます。

ことに因ってはマグロらしい味がしないものになっている可能性もあるのでした。 2013年夏の日の2日前水揚げされたクロマグロの切り分けられた柵は 熟成して鮮やかな赤色となり見た目も美しく、素晴らしい!の声が発せられます。 先ず色は申し分ありません。 試食者は大島事業場々長と餌の開発者達にて、赤身、中トロ、大トロと試食されます。 養殖では一番難しいのが美味しい赤身を作ることなのだそうですが、 口にした場長は、赤身独特のマグロの風味と酸味がしっかりあってだんだん脂が出てきて甘みが出て来る、 と肯きながら発言しました。 続いてトロも、結構行けますね、と試食者を納得させた様子です。 遂には場長に、人口餌で育てた近大マグロとして此れであれば自信を持って出せる、と言わしめました。 養殖マグロの未来が掛った試食は予想を上回る味に成功裏に終えられたのです。 来年には市場に出荷されることになりそうな人口餌マグロは コスト的な問題が解決に近付き充分日本人の食文化維持保全に貢献するものと思われるものです。

前途明るい前者の問題に対ししかし後者の孵化した稚魚の成魚に至る生存率が 僅か100分の1に過ぎない問題は未だ深刻であると伝えられます。

鹿児島、奄美大島の3,000匹のクロマグロを養殖する近畿大学水産研究所奄美事業場の今年2013年夏、 マグロの産卵時期とあって職員連が沖の生簀に向かうのは クロマグロの卵の採取のためです。 此の日、7月中旬、夜の11時に得られた収穫は凡そ200万個のクロマグロの卵でした。 マグロの卵の直径は1mm、産卵後24時間で孵化します。 孵化する確率は95%とかなり高い結果が得られているとして良いでしょう。

処が孵化後の1箇月、陸の上の水槽で飼育して体長が沖の生簀に放てる 沖出しサイズ の5~6cmになる頃には大量に死んでしまい其の生存率は孵化から僅か3%程にしかなりません。 主たる原因としては、頭から生簀の壁に激突して死ぬ稚魚があり、 また稚魚同士の共食いも深刻でした。 こうして1ヶ月の間に稚魚は大量に失われてしまうのです。

そして今年2013年串本町大島事業場では10万匹の稚魚が沖の生簀に移されましたが、 数日後には生簀の中で大量の稚魚が死んでいるのが見付かります。 原因を問われると場長は、 此処迄来たら殆どもう衝突ですね、と答え、 兎に角早く死なないようになって欲しい、と肩を落すのでした。 商品になるまでの成魚に成長する確率は1%ほどしかなく 完全養殖に成功して11年経てもなお苦戦は続いていたのです。

けれども斯うした問題も関係者の熱意を充分感じ取られれば 孰れ其の情熱を以て解決されるかに思えます。 場長氏は述懐します、 確かに天然資源は減っているが資源保護ばかりではなく、 矢張り特に日本人の大好きなクロマグロが食卓から消えることは非常に寂しい、 斯うした状況の招かれざるように、勿論我々近大だけではなかなか難しいが 将来もずっと消費者が美味しくクロマグロを食べられるようにしたい、と。

使用写真
  1. Maguro( photo credit: Metropolitan Sushi via Flickr cc
かたむき通信参照記事(K)
  1. 完全養殖クロマグロのブランド近大マグロをがっちりマンデーで紹介(2012年7月15日)
  2. 近大マグロを堪能出来る養殖魚専門店~サントリーGr.と和歌山県と共同で来春オープン予定(2012年12月4日)
  3. クロマグロ漁業に光明~近大マグロも一助か(2012年12月17日)
参考URL(※)
  1. 4/26(金)に養殖魚の専門料理店をオープン「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」(近畿大学:プレスリリース:2013年4月22日)
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