イワタツール対日本タングステン~ほこ×たてドリル対金属第7弾~絶対王者の行方

並み居るドリル企業を打ち倒し絶対王者の名を恣にしている 日本タングステン株式会社 通称ニッタンはフジテレビ系列の人気番組 ほこ×たて[追] の筆頭企画 どんな金属にも穴を開けることができるドリル VS 絶対に穴の開かない金属 対決に於いて、以下の如き強敵を打ち破って来ました。

ほこ×たての歴史とも言える此の対決に於いて 今から3年前2010年に福岡県で誕生した孔の開かない金属は 次々とドリル業界の大企業から受けた挑戦を退け、 一度も穿たれることなく絶対王者の座を保ち続けています。 前々回ではオーエスジーを、そして前回の対決では不二越を打ち破り、 最早日本ドリル3大メーカーの内に只一社のみ残る 三菱マテリアル の其の動向が注目されました[K1] が意外にもチャレンジャーとして名乗りを上げたのは 従業員40名程の中小企業 イワタツール だったのです。

ドリル業界大手企業が揃って尻込みする中、最強ドリルの設計図を携え 此の構想が完成すれば絶対にニッタンの超硬金属NWSに孔が穿てると豪語する人物こそ誰あろう、 ドリル設計を強みとし世界中から注文依頼を受け、 自らも1万本以上のドリルを設計したと言う社長其の人でありました。 イワタツールは愛知県名古屋市は守山区に拠を置く 創業1928年は即ち昭和3年、今年82年の歴史を有することになる老舗メーカーです。

しかしイワタツール社長氏は自らの最強ドリルの構想の実現には 自社一社だけでは不可能であるのも自覚していました。 其処で全国の高度な技術を持つ中小企業に呼び掛け応えた76社の支援を仰ぎ 此処にイワタツールを中心とした番組言う処の 中小企業ドリル連合軍 が誕生したのです。 以下に76社の内主足る12社の名を列挙しましょう。

片や6月上旬の福岡、挑戦を受ける絶対王者ニッタン社本社屋エントランスには 訪れた番組スタッフに対決担当氏の等身大パネルが、 材料でお困りの方は日本タングステン株式会社へご相談下さい 、と微笑み今や会社の顔ともなって待っていました。 イワタツールとドリル連合軍の登場に担当氏は挑戦受諾、 此処に7度対決の場が整ったのでした。

チャレンジャーたるイワタツール社長の述べるには 中小企業は助けられる存在ではなくトップクラスの仕事をする面を知られたい、 と切実な思いもあります。 技術も高ければ情熱も熱い日本の中小企業の存在を証明すべく集う中小企業連合に 対する日本タングステンの構図を一歩引いて見れば矢庭に 中小企業対大企業の様相をも呈して来た様にも見受けられます。 先ずは6月上旬イワタツールに集うドリル連合軍のと意気も盛んに議論が繰り広げられ始めました。 此処に重大な決断が為されます。 ニッタンNWSは硬さを徹底的に追求 して来ると見た上での作戦が立案されたのです。 其の内容は以下でした。

  • 超砥粒の増量
  • ドリル本体の穴の追加に依る超砥粒面増加

番組ではドリル軍団の作戦に呼応する様に今迄の対決に於けるNWSの硬度の数値の推移を見て 常にニッタンは其の硬度を追求して来たと断じました。 果たして本当にそうなのでしょうか。 可視化する為に推移を棒グラフ化して見ましょう。

日本タングステンNWSの硬度推移図
日本タングステンNWSの硬度推移図

左がドリル対金属に於ける回数に依った NWS硬度推移グラフ になります。 此れを見れば番組で言う程NWSが硬度に拘っていないことが分かるのではないでしょうか。 4回目、5回目などは2回目、3回目よりも硬度は低いもので対決に臨んでいるのです。 実は此れこそニッタンの最強金属担当氏の悩んでいた処でした。 7月上旬悩む担当氏が画面に映し出されます。 作り出した金属の硬度は1851HVと僅かに初回に勝るのみで、 ちょっと柔らか過ぎる…と呟く氏の姿がありました。 スタッフの此れ迄と同じ線上では駄目なのか、と言う問いに、 相手も此れ迄のVTRを見て挑戦してくるものなれば孔を開けられる可能性は高し、 従って今迄と同じでは勝てない、とする担当氏でありました。 恐らくは硬度を上げるのは其れ程困難では無かったのではないでしょうか。 硬度以外に何か重要なパラメータがあり担当氏は其の扱いに今回悩んでいたのだと推測されるのです。

一方ドリル連合側では対高硬度に焦点を絞り最強のドリルが製作されます。 其の工程は方針と設計に従う以下でした。

  • 高硬度ドリル本体製作(イワタツール)
  • ドリルボディへの穴開け(東栄超硬)
  • 特製超砥粒埋め込み(名古屋ダイヤモンド工業)
  • 表面への超砥粒接着(ジャスト株式会社)
  • ドリルの状態分析(スターシステム・ビジカインターナショナル)
  • 仮想NWS製作(トリオセラミックス)

そして完成した最強ドリルの其の名も JITトグロン と命名されました。 外側だけでなく穿った穴の内側迄敷き詰められた超砥粒の数は前回の挑戦者不二越の5倍に達し、 8月中旬の最終テストに用意された硬度2200と前回のニッタンNWS以上の硬度を誇る仮想NWSに 遂に孔は穿たれ、しかもJITトグロンは殆んど磨耗しておらず、ドリル本体の準備は万端整ったのでした。

対するニッタン側担当氏を番組は6度の対決でアイデアを出し尽くし壁に突き当たっていたと解説、 其処に7月下旬、番組のタレントパネラーを悲嘆せしめたニッタン社長の或る決断が伝えられます。 担当変更でした。 担当氏の金属製作をいつも助けて来た其の後輩が代役にニッタン社長から指名されたのでした。 セオリーを大事にする担当氏に対し思い切った物作りをする代役をとの選択をニッタン社々長は下したのです。

しかし絶対王者の名を引き継ぐ代役には必然的に重いプレッシャーが圧し掛かります。 新担当氏は述懐します、若し負ければ 連勝が止まってしまう、歴史が止まってしまう、 だから絶対に負けたくない、と。 そして一ヶ月悩み抜いて出した結論が硬度に拘る、と言う方針でした。 以前、前担当時には硬さを犠牲にして強度に重きを置いていたが、其れを翻し硬さに拘る、と言うのです。 此の方針の下に製作のなった超硬合金 MBS と名付けられ、其の硬度は2334HVと従来から抜きん出た性能を誇りました。

最後の仕上げとばかり、8月中旬に岐阜の株式会社ダイニチに赴くイワタツール社長は 完成したドリル本体を駆動する工作機械本体の改良を目論んでいました。 ドリル連合軍SP と番組らしい命名の工作機械を用いれば、 横向きに付いたドリルが削りカスを穴に詰まり難くし、 また金属を支持する土台が可動式であるため切削力向上が図られるのです。 其処でニッタン側の担当変更を聞いたイワタツール社長はいみじくも、 同じ会社でも人が変わると方針は変わる、それが一番怖い、と述べました。 しかしニッタン新担当氏の決断を予測したかの如くイワタツールの硬さで来る、 とした判断が結果的に見事に正鵠を得ていたこととなったのです。

愈々対決の日は遣って来ました。 対決ルールは以下とされました。

  • 対決場所ダイニチ
  • 金属の厚さ20mm
  • ドリル停止・折れ:金属勝利
  • 金属貫通:ドリル勝利
  • 金属割れ:引き分け

対決場所のダイニチに集うドリル連合軍は代表12名とあって ニッタン新担当氏は名刺交換の嵐に見舞われます。 漸く落ち着いて対決両者は互いのドリルと金属の現物を手に取るのでした。 此の時イワタツール社長は今迄と方向性が同じであるのを悟り、 新担当氏に確認すれば、其の通りである旨の返答を受け、 それならば絶対に孔を開ける、と実に重い発言を為しました。

ダイニチに用意された工作機械に最強のドリルと最強の金属がセットされ遂に対決は開始されました。 対決開始からどれだけ経ったのかを番組が説明しないのは手抜かり、 切削面に注がれる水飛沫の散る角度が急に其れ迄の垂直、横から見て180°から鋭角60°程に変化しました。 詰まり平たく平面に広がった水飛沫はドリルと金属の接触点を頂点とする円錐を描き始めたのです。 明らかにドリルの刃が金属に掛かっていることを示す変化でした。

1時間経過、2時間経過、そして音が変わり、其れと共に金属の支持台が動き始めました。 暫くしてまた音に高音の鳥が叫ぶような音が加われば、イワタツール社長が自らの不利を感じてか、いかん、を連発します。 音は更に高くなり、水飛沫は乱れ飛び、遂にドリルが空回りする音に変じました。 金属支持台もドリル回転も停止しました。 外して見るまで分からない結果に両者息を呑みます。 そして両社が金属を同時に確認した時、孔は見事穿たれていました。 歴史が動いた瞬間です。 最強ドリルが勝利して最強金属が破れたのです。 イワタツール社長は仲間達を熱い握手を交わしました。 集まったメディアに穿たれた金属が写真に撮られます。 喜びに湧く集団から一人ぽつねんと離れ茫然自失のニッタン新担当者氏でありました。

此処に至って新しいアイデアを入れる意味でもと担当変更を命じたニッタン社長の決断が仇となりました。 旧担当氏は恐らくは只に硬度を追及していたのではありませんでした。 硬さを追求すれば割れてしまうのはオーエスジー社との引き分けの際に明らかとなっていました。 処が硬くなければ孔を開けられてしまう、従って硬度は必要条件ではあったのですが、充分条件ではなかったのでしょう。 担当氏の言などから拾えば適度な粘り気、即ち粘度が必要なのであり、 硬度との最適なバランスが求められていたのでしょう。 勿論専門家のニッタン社長も旧担当氏も新担当氏も其れは分かり過ぎる程分かっていることだったのだと拝察します。 しかし代役、新担当氏は全てを分かった上で硬度に拘ったのでしょう。 表面的にはニッタン社長も新担当氏も番組と同じ過ちを犯してしまったのでした。 勝負を終えて孔の穿たれたニッタン超硬合金MBSに対してドリル連合軍のJITトグロンは 僅か先端部の超砥粒が剥がれただけで殆んど磨耗していなかったのが確認されました。

かたむき通信に以前の対決を記事にした中にリンクを設けたのは此のほこ×たて伝統の対決、 最強のドリル対最強の金属に於いて詳しく解説をしてくれている 那須直美 女史でした[K2] が今回も素晴らしい解説をしてくれています。 そして其の番組放映を見て公開された記事[※1] には番組からは窺い知れない情報が伝えられもしています。 此の対決に於いては其の製作物は 未来に役立つけれど、売れないモノ と言うのは実に言い得て妙で説明として一言で腑に落ちるものと言えるでしょう。

一つにはダイニチの工作機械があり、具体的に製品名が 安田工業株式会社 の同時5軸制御機 5AXES H40i であるのが知らされます。 MBS支持台の動きも詳しく解説せられますので興味有る向きは参照されるが宜しいでしょう。

そしてもう一つ伝えられる情報がJITトグロンの本体に超砥粒を接着せしめた其の素材です。 番組ではイワタツール社長が8月上旬、山形県のジャスト株式会社を訪れる模様が映し出されました。 ジャスト社の看板には めっき・表面処理・ダイヤモンド電着 と大書されていました。 即ちドリル本体と超砥粒を鍍金技術で接着しようと云う目論みであったのですが、其の鍍金素材こそ番組内では伝えられなかった であったと言うのです。 製造現場に詳しい那須氏に取っても、熱伝導性が高く軟らかく粘度の高い銅を切削工具に用いるのは目から鱗であった、としています。 対決現場ダイニチ社に実際に足を運び、遠めにもJITトグロンの先端の赤味を帯びた様子に若しやと思った那須氏は 辺りにコーティングを担当したジャスト社の社長を探し出し直接詰め寄り確認した処、矢張り銅である旨、言質を取ったのでした。 更に詳しく知りたい向きは是非那須氏の記事を参照されたく思いますが、 先ずはジャスト社長氏は銅のメリットを以下の2点挙げています。

  • 熱伝導性が良い銅に熱に弱い超砥粒のダイヤモンドの欠点を補わしめる
  • ダイヤモンド砥粒が端面と接触した際、柔軟性のある銅が其の皮膜内に受け入れ脱落を防ぐ

遂に破れ、絶対王者の座を失った時、番組スタッフに心境を尋ねられるとしかし ニッタン旧担当者氏は、いつかはこういう時が来るとは思っていた、としながらも最後に言い放ちました、 新しい金属を検討したい、と。 こうして切磋琢磨し合い更に互いの技術は抜きつ抜かれつ磨かれ、 人類発展に用を為してくれるもので、実に頼もしくあります。

追記(2019年8月14日)

2013年10月20日放映分の やらせ 問題で「ほこ×たて」が打ち切りとなってしまった旨、本ブログの2012年11月6日の記事 酸素アーク工業シャープランス対ムアン株式会社コールドファイヤー に追記しました。

かたむき通信参照記事(K)
  1. ほこ×たて伝統の対決再び~不二越VS日本タングステン(2013年1月5日)
  2. ほこ×たて効果で就活生に大人気の日本タングステンの戦歴(2012年5月12日)
参考URL(※)
  1. 『ほこ×たて』涙の特別解説!「見よ! これが日本の技術力だ!~日本タングステンVSイワタツールと連合体(製造現場ドットコム:2013年9月22日)
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