音楽とアニメと業界用語と

一般に業界用語は音楽用語に端を発するとは良く言われる処で 業界が即ち芸能界を意味する処なれば其れも宜成る哉たる処でしょう、 1万5千円をCから始まるコードの比喩としてチェーマンゲーセンなどと言い表すのは其の代表で 延いてはズージャなどはジャズの引っ繰り返しと巷間説明されたりしますが 玄人筋芸能音楽関係者はシンコペートしている、と説明したりする処です。 所謂拍子を喰っている、とするもので此れを繰り返せば言葉の首尾が引っ繰り返る道理です。 以前、上岡龍太郎さんがテレビ番組で シーワタのシーカレがズージャのドンバでヤノピーターヒー なんて鶴瓶師匠を困惑させていたのに大笑いさせられもしました。

さて此の如く耳年増に syncopationシンコペーション は拍子を喰うものと思い込んでいた処、 調べてみればどうもシンコペーションとは前小節の末尾の拍子が伸びて次の小節に食い込んだもので 実は前小節に拍子を喰うものは anticipationアンティシペーション と言う[※1] のだそうです。 音符の表記自体は変わらないので業界人は其処等辺は余り拘らないで使っているのかも知れませんし、 辞書を引けばアンティシペーションは予測、予想、と一般的な言葉が紹介されるのに対し シンコペーションは最初に音楽用語としての切分法が登場しますので一層音楽的に親和性が高いのかも知れません。

一般的にアンティシペーションは予測、予想と訳されるのであれば成る程 此れはアニメーション業界に於いてはまた異なる意味で用いられているのでした。 其れは 事前動作 と訳されるものです。 以下のYouTube動画にはアニメーション界の大御所 大塚康生 さんに2002年に密着取材した際後進に指導する様子が映し出され、 キャラクターが大鎚を振るう様をアニメ表現する課題や キャラクターが飛び込み台から飛び込む様をアニメ表現する課題などに触れる折に説明されています。

アニメーター 大塚康生 ルパン三世 石川五ェ門 抜刀作画 (2002年)
※ 当初のYouTube動画 アニメーター大塚康生密着ドキュメンタリー(2002年) が削除され閲覧不能となっていましたので同じく2002年に大塚康生さんが実際にルパン三世のキャラクター石川五右衛門の抜刀シーンを作画する一部始終の様子が映し出される動画を替わりに貼り置きます。

此れから動じようとするキャラクターに突然其の動作に入らせるのではなく バネの弾む前に縮む如くキャラクターに備えの構えをさせると観客の目に自然に映ずると言う理屈で、 アニメーション描画の基本ともなるべき手法ですが 大塚さんは麻薬Gメンからアニメ業界に転身する際の面接で此れを自然に使い熟したと言うのですから 後のジブリの両巨頭、 宮崎駿 さんや 高畑勲 さんに大いなる影響を与えたと言うのも頷けます。

アンティシペーションなる言葉が芸能音楽とアニメーションと言う現代の2つの大きなエンターテインメント分野に それぞれ異なる概念として上手く組み込まれ面白可笑しく利用されているというのも床しいものに思います。

追記(2021年3月16日)

大塚康生さんの訃報が伝えられました。 昨日、2021年3月15日朝、日本アニメ界に偉大な足跡を残された其の生涯を閉じられたそうです。 享年89歳。 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。 氏の訃報は以下各メディアに取り上げられる処となっています。

追記(2021年5月23日)

大塚康生さんの出身地は島根県津和野にて、 昔風に言うならば石見国いわみのくにです。 地元紙の中國新聞にはいわみがたりなる連載の有り、 其の鉄道編の2021年5月2日となる第三回[※2] には、上記追記の三月の訃報を受けて、 大塚康生さんの少年時のエピソードを自伝「大塚康生の機関車少年だったころ」から取上げ紹介しています。 此の記事に先立つ2021年3月18日の記事[※3] 、即ち訃報の三日後には津和野町日本遺産センターに於いて、 大塚康生さん回顧のパネル展が開かれた様子を紹介しています。 大塚康夫さんが後輩アニメーターは言うに及ばず、地元でも慕われているのが窺えます。

使用写真
  1. Jazz.( photo credit: Sadie Hernandez via Flickr cc
参考URL(※)
  1. シンコペーションとアンティシペーション(トロンボニスト相川等:2020年4月27日現在記事削除確認)
  2. 著名アニメ作家の原点 津和野駅(島根県津和野町)【いわみがたり 鉄道編<3>】(中國新聞:2021年5月2日)
  3. 大塚さんのアニメパネル展 出身地の島根・津和野「ルパン三世」など(中國新聞:2021年3月18日)
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