動詞の接尾辞「し」に関する少考

慶安太平記

近年主に若年層間で時折動詞語幹に接尾辞 「」 を伴って用いられるのを耳にする機会が増えているように感じ 少しく思う処が有って文章に記し置きます。 如何なるものかは先ず用例に列挙しましょう。

  • やめろし
  • どけし
  • ふざけんなし
  • くうなし

斯様に用法としては動詞命令形の語基に、 若しくは禁止の接尾辞 「」 を伴った動詞終止形に、 付いて用いられています。

上の用例では前二者が動詞命令形の語基に、 後二者が動詞終止形禁止形に付いた用例です。 さて前二者の形で違和感なく接尾辞「し」を伴う動詞は余り多くないように感じます。 ところが後二者の動詞が命令形に活用し更に接尾辞が付く形を考えると 様々な動詞に適用して違和感がないのに気付きます。

例えば帽子を被るなどの かぶる を終止形に活用し禁止の接尾辞「し」を付加してみれば かぶんなし となり、また同様にご飯を食うなどの くう の終止形に接尾辞「し」を付加すれば くうなし となり共に違和感なく使えるようです。 処で此の動詞を命令形に活用して接尾辞「し」を付加した かぶれしくえし はどうも違和感が感じられ妥当な用法には感じられません。 従って限定的な前二者に比較して後二者は実に汎用的と言えます。

前二者を考えると共に否定的動作を伴う意を持つ動詞です。 では此の如き動詞を他に繰ってみましょう。 例えば 落ちる は如何でしょう。 禁止命令形にして「し」を付加すれば おちろし となり違和感が有りません。 また実にネガティブな要素の大きい 死ぬ の命令形では しねし となって此れも違和感が感じられません。

するとどうやら否定的動作命令に「し」を伴われるのが一般的な用い方として好いようです。 何故否定的動作命令に「し」が伴うのでしょうか。 「し」の効用は用いられる際の脈絡から見て 婉曲 、もう少し言えば 弱意 であるようです。 例えばやめろしはやめろより弱く、同時に やめなさい、やめてくださいよりは強い語感が有ります。 其処には敬意は含まれないが上下関係も見られず即ち同僚に使われるのが最も可笑しくない状況であるように思われます。 此れは敬意を表すべきか表さずとも良いか未だ判然としない未知の第三者に対して使用される場面も散見されるのにも符合するでしょう。

此れらから鑑みて 禁止 は若年層世代には強過ぎる感が有り、従って婉曲の接尾辞が必要とされたのではないかと拝察するものです。 相手に対し強く禁止を求めるには忍びない心根を持つ世代の意を弱めるため必要から発生した用法なのではないかと考えます。

ではこの「し」は何処から来たのが、考察を其処にも進めるべくは管見に 並列を表す接続助詞「し」から派生したのではないかと考えるものです。 例えば「し」の接続助詞の用法として以下のものが挙げられるでしょう。

  • 基本だし、原則だし
  • 明日もあるし、今日もあるし
  • 見えないし、書けないし

3番目の用法は意図的に動詞否定形を接続助詞「し」で繋いだ例文ですが 如何にも今回の動詞の禁止命令形の接尾辞「し」に近く此処から派生しても不思議ではないように感じられるのではないでしょうか。 並列表現が対象を薄め其れは即ち意図を弱める形態ともなるようです。

最後に此の接尾辞「し」の用法が広く用いられるようになった理由としては今の処在り来たりですが 語感が良かったから としか述べられないのが残念なのですが 今迄用いた経験のない向きも一度用いてみれば忽ち此の用法の虜となり 何某かの機会に口を衝いて出ること請け合いです。

追記 (2016年6月9日)
着想を得てからあらゆる意見の影響を排除するために ネットを繰らずに取り敢えず思い付くままに書き下しました次第。 配信後ネットを閲覧するにつけ甲斐方言発祥説、 又は本記事とは丸で反対の強意の終助詞と解釈する情報などもあるようですが 現時点としては個人が受ける一印象から此の如き一考察も有る得るものと多様性の一助となるべく記し残す処です。

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