歴史に於ける公園の役割少考

公園と言うのはなかなか守備範囲が広く 国土交通省都市局公園緑地景観課の述べる処に従えば大きくは 自然公園法に依拠する 地域制公園営造物公園 に分かれ、後者の営造物公園は 国民公園 及び都市公園法に依拠する 都市公園 、そして その他の公園 に分類されるのだそうです。 同課では公園は以下に示す如く分類されています。 〔※1〕

  • 住区基幹公園
    • 街区公園
    • 近隣公園
    • 地区公園
  • 都市基幹公園
    • 総合公園
    • 運動公園
  • 大規模公園
    • 広域公園
    • レクリエーション都市
  • 国営公園
  • 緩衝緑地等
    • 特殊公園
      • 風致公園
      • 動植物公園
      • 歴史公園
      • 墓園等
    • 緩衝緑地
    • 都市緑地
    • 緑道

以上様々分類された中にも今回考えたいのは 住区基幹公園 中の地区公園では少々広過ぎるので前二者の 街区公園近隣公園 です。 一般にも公園と言われて思い起こすのは此の 1/4haから2ha程度の広さのものではないでしょうか。 気持ちばかりの遊具や砂場、ベンチがあって芝生が少々張り巡らされているような、 中にはベンチ一つさえ設けられていない只の空き地を思い起こさせるような 申し訳程度に公園名の看板が備えられるような規模感の公園です。 英語では例えばセントラルパークのような PARK に非ずして正しく児童遊園的な playground とでも言えば意は通じるでしょうか。 公園自体が散歩のコースに成り得るものではなく公園は散歩コースの一部に立ち寄る程の規模感です。 此れを本記事では 公園 と呼びます。

一般的な公園に関する考察では 一般財団法人 北陸経済研究所 の調査研究部主任研究員小谷元洋氏のレポート 〔※2〕 も有用に見受けました。 翻って今回の本記事での考察は歴史上に公園が如何なる役割を持ち得ているかに関するものとして 其の方面からの切り口からものしたく思います。 但し地元遠江の検分に拠る素材が多く此処にバイアスの生じるのはご寛恕願いたくあります。

先ずは結論から申し上げれば 歴史に於ける公園の役割を結果から申し上げれば以下列挙する3件になるかと考えます。

  • 地域の文化を反映する
  • 地域の名前を残す
  • 史跡の保存

地域の文化を反映する

地域の文化を反映している事例を挙げてみましょう。 以下は浜松市小豆餅神社に併設される 小豆餅公園 です。 小豆餅は徳川家康公が三方ヶ原の負け戦で逃走する際に喰い逃げしたのを由来にすると言われる土地ですが 漸く明治に開拓の進んだ土地でもあり人家も多くなかったためか軍隊が置かれました。 周辺には 飛行連隊第百三十部隊 が置かれ正門跡の標識も残されており今では自衛隊基地が西側に広く広がっています。 斯様に飛行機との関係が深いのを表すかのように遊具には飛行機を模したものが備えられているのでした。

小豆餅公園

もう一つは松山市須賀町1丁目の 西須賀公園 です。 前を通り掛かった際には如何にも海賊の伝統文化を持つとされるお国柄に相応しい感を抱きフレームに収めました。

西須賀公園

芸予は村上水軍の根拠地であり此の末裔が愛媛県には多く暮らされているそうです。 海賊の末裔であることが意識されるのは無論でしょう。 此の意識が公園造成時にも色濃く反映されているのは容易に推測されます。

地域の名前を残す

遠州三方ヶ原の台地は徳川武田の三方ヶ原の合戦で有名ですが ご維新後開拓の進む迄人住まぬ土地でした。 見透すに赤茶けた土ばかりの広漠たる荒地でした。 第二次大戦後漸く人家の増え始め連れて地域の編成がされ直すに住吉なる町名が起こりました。 住吉とは一般に住吉大社の末社が勧請されて土地名の縁となるようですが 此の住吉も若しかしら其の系統に属する可能性も有るのかも知れませんが 市史町史には住み良い土地を祈願したものとされており 人の住み難い地としてあったなら其の祈願も頷ける気もします。

さて此の住吉、一部高林等も其の際編入したようですが 元は凡そ 大柴原 と称したそうで戦前派の向きならば存知る処なれど 戦後生まれには粗此れを知る向きに出会いはしません。 斯くも失われ掛けた地名ですが此れが公園の名前として残っています。 大柴原公園 です。

極々小さな公園で芝生も植えられてはおらずブランコと鉄棒以外には何もありませんが 思いの外確りした門塀に金属製のネームプレートが誂えられています。 しかし地域の名を残すには充分な設えかに思います。 子供達は生まれ育った地の片隅の公園で知らず知らず生前の其の地の名を知ることになるのです。

さてこそ地域の名前を残す意図を穿ち伺えば担当者の故意もあったでしょうし 字名等の消える前から命名され其の儘残されたものもあったでしょう。 蛇足ですが此れは公園のみならず別の公共造営物にも見られましたので此処に記し置きましょう。 草堂橋 と称す橋梁です。

草堂の杜と草堂橋

草堂とは修験者の利用した草葺の庵で室町の頃土地の実力者が此処に八神を勧請し八王子社を創建、 当時は繁茂する周囲の樹木と共にランドマークとしても機能したようで 橋の袂に位置する此れ等の記憶を留めるのに橋梁名に採用するのは有用です。 公共造営物に此の配慮は費用を要せずして大切な役割を果たす実に好適な措置であるかに考えます。

史跡の保存

史跡の保存の役割を有す公園の管見に代表的なものは 伊場遺跡公園 です。 古代の建築物が再現され、弥生時代の世相を物語る三重環濠の一部の位置が保存されているのは 一般にも直接的な楽しみを提供され公園の意義を容易に伝え得るものですが 埋め戻された発掘遺跡が掘り返せば何時でも目に出来る土の上を行けるのも知った向きには楽しいでしょう。 時代の変遷に再び発掘の必要性が生じても速やかに対応が可能となるもの好ましくあります。

伊場遺跡公園

遺跡に於いては珍しいことではありませんが全国的にも名の知れた伊場遺跡の周辺は広く地下に遺跡の広がり 称して伊場遺跡群とも呼ばれる程の一帯なのですが伊場遺跡公園を除いては遺跡其の物が保存されてはいません。 以下に伊場遺跡群に含まれる遺跡を列挙しましょう。

  • 伊場遺跡
  • 城山遺跡
  • 梶子遺跡
  • 梶子北遺跡
  • 中村遺跡

ただ丁度梶子北遺跡に当たる箇所には 大柴原公園と同様に住宅地の片隅に申し訳程度の敷地でありますが公園が設置されているものがあります。 造成販売の際の都合に依るものかも知れず規模は伊場遺跡公園には多少劣り 何も遺物を物語るものは残されていませんが同じき掘り返し可能の役割の付与も考えられるものです。 本稿とは意義が違いますが城山遺跡の跡には石碑が建てられています。

伊場遺跡群と公園

伊場遺跡群より少し目を西方に転じれば高塚遺跡があります。 以前は海中だと思われていた高塚地区は2010年の発掘調査で縄文土器が出土して 縄文時代にも人の住める陸地であったのが分かりました。 近日も2016年の追加発掘調査の現地説明会が催されています。 此の発掘は高塚駅北土地区画整理時業及び都市計画道路高塚駅北通り線街路事業に先立つもので 既に埋め戻しが開始されています。

高塚遺跡と高塚北子供運動場

高塚遺跡周辺にも遺跡は以下に列挙する如く豊富に知られています。

  • 浜地遺跡
  • 大島遺跡
  • 高塚遺跡
  • 八王遺跡
  • 日晩遺跡
  • 高塚町村西遺跡
  • 高塚町村東遺跡
  • 高塚町村中遺跡
  • 増楽町村中遺跡
  • 八幡山遺跡
  • 小沢渡町村中遺跡

高塚遺跡のほど近くにはささやかな高塚北子供運動場が設置されていますが 高塚遺跡の知られる時系列から考えて単に避難区域等を意識した行政の措置かも知れません。 なかなか此の豊富な遺跡群に面影を残すべく設えるのも難しいでしょうが 出来得れば高塚駅北の通りには5,000前の人の暮らしに思いを馳せられる何某かを残して欲しいものです。

結言

例えば公園ならぬ庭園に関して言えば 屡々紹介される西洋の其れがシンメトリックを尊ぶのに比して 本邦には小堀遠州流や枯山水などランダムを旨とし破綻を許容する民族性もあるように思います。 公園なる概念は恐らくはご維新以降西洋から輸入されたものにて しかし庭園に見られるような根源的な乖離もあれば其の儘受け入れるには居心地が悪く 徐々に日本流のアレンジが加えられたように思います。 中にも今回取り上げた規模の公園は大きな面積の大公園が西洋流の概念が色濃く残るのに比して 民間に近い位置付けにもあって愈々座りの宜しきように変じ易い状況にあったのでしょう。 若しかしたら其の過程で日本の入会地の概念など多く混入したかにも感じられます。

今回公園とする此の規模のものでは 神社や公民館などに併設されているものが多く見受けられます。 神社自体が氏子のコミュニティとして機能している証左でしょう。 然ればこそ神社では祭りが催され行事が定期的に開催されもします。 また神社を巡ってみれば由緒には屡々 地元の素封家が寄進した土地を境内とするものがも見掛けます。 此れも地域で財を成した者が地元コミュニティに還元する行為に取れば極く自然な状況です。 勿論神社の境内などが公園に転用されたものも多いでしょう。 然るべくして地域コミュニティは円滑に進展していくかに思います。

斯うして公園の概念は維新後輸入された概念もあり元来日本独自の概念も取り込みながら解釈を加え咀嚼され 本記事に挙げた歴史を考慮するにも有用な3つの特徴的な役割を纏い形成されたのだと考えるものです。

参考URL(※)
  1. 都市公園 都市公園の種類 公園とみどり(国土交通省都市局公園緑地景観課)
  2. 街づくりシリーズ3 街づくりの一環として都市公園を考える(一般財団法人 北陸経済研究所)
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