音楽の世紀は既に終わっている

有名らしい音楽プロデューサが書いたブログ記事が評判を取っていたようです。 改めて読み返す気にはなれませんが、 音楽制作に金が掛けられなくなってアウトプットの質が落ちたと言う要旨でした。 現代の所謂音楽業界が如何に過剰な制作環境になっているのか 当の製作側自身の認識が全く足りていない、 というこの記事を読んだ印象ばかりが強く残っています。

19世紀が印象派に代表される絵画の世紀であったとするならば、 20世紀はロックンロールに代表される音楽の世紀であったでしょう。 印象派の中心にセザンヌが居たとすれば、 ロックンロールの中心にはビートルズが居ました。 奇しくもロンドン五輪開幕式のエンディングにビートルズメンバーの ポール・マッカートニーが登場、歌唱したのを受け、かたむき通信には2012年7月28日、 ヘイ、ジュード~生活の小さな一場面が全世界を巻き込む曲 を配信しました。

20世紀を音楽の世紀足らしめる要素には幾つかあったと思います。 平均律に留まらない奴隷時代のフィールド・ハーラーや奴隷解放後のゴスペル、ブルースなど アフロアメリカンミュージックの導入も大きな要因の一つでしょう。 電気機器の発達も一つであり、音量の拡大は広い場所での演奏サービスを可能にしました。 更には配信メディアの発達も一つで音楽は更に遠方へ、 広く電気機器の発達に含まれる録音技術の発達では、 時間に縛られることなく観衆へ音楽は届けられるようになりました。 これ等の要因の折り重なり盛り上がった波の頂上にビートルズは乗っていたのでした。

絵画の世紀には綺羅星の如き画家が登場しましたが、 それは音楽の世紀も同じです。 ロバート・ジョンソン、エルモア・ジェームス、マディ・ウォーターズ、エルヴィス・プレスリー、 ジミ・ヘンドリクス、レッドツェッペリン、ヴァンヘイレン、 多少ギタリストに偏ってしまいジャズ分野の名前は一つも含んでいませんが、 それほど枚挙に暇がありません。

これ等音楽の巨人の残してくれた楽曲は今も最新のメディアを通して聴けます。 手元のフォークロア音楽として録音されたアーリーブルースでは 恐らく録音場所の宿の傍らを走るのでしょう、鉄道列車の音も聴こえます。 ビートルズの音源は故スティーブ・ジョブズ氏の長年の夢適いiTunesでも配信されるようになりましたが、 そのファーストアルバム、 Please Please Me~The Beatles は1日掛からず録音されたものでした。

発達する録音技術を駆使して聴者へ音楽を届けたいと言う音楽家の欲求は高度に満たされるようになり、 音楽の世紀を通してビジネス的にも音楽業界を豊かにしたのでした。 業界に与すれば誰彼なくこの恩恵を受けられるように発展したのです。

この状況はある臨界点を越えた時、 音楽業界に備えられた設備、環境は過剰なものとならざるを得ないのでした。

これを定量的に示すかのようにロイターから配信された記事 Pop music too loud and all sounds the same: official をロケットニュース24が2012年7月28日に ポップミュージックはこの50年でほぼ進歩していない! 研究の結果「同じパターン」の使いまわしが判明 として紹介しています。

現状、前世紀の遺産に因って恐らく、音楽業界に於いて設備も人材も恐ろしく過剰なのです。 そうである以上、淘汰は進み異常な状態は是正されざるを得ません。 配信音楽の品質維持に資源投入する如きは決して音楽所与のものではないのです。

絵画の世紀はルネサンスから印象派迄500年を待たねばなりませんでした。 ルネサンスは文字通り、ローマ文化の復興でありこれも数百年を要しています。 音楽の世紀は平均律の導入が図られた18世紀、バッハ、モーツァルトの時代より 僅か200年を持って次代の世紀を迎えました。 再び音楽の波が立つにはまた数百年を待つ必要が予想されます。

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