庚寅銘大刀一般公開~元岡古墳に一昨年発見された金象嵌の太刀

象嵌とは文字通り象(かたど)り、嵌(は)めるもので 様々な素材で用いられる装飾技法であり、職人の腕の振るい処です。 例えばギターではこの象嵌細工を屡 inlayインレイ と呼び特に高級器に施されることがあります。 素材に主に用いられる木で設えられた天神や太鼓に鮑(Abaloneアバロン)や白蝶貝が 嵌め込まれて美しい輝きを放つのでした。

The Takamine photo credit by LennyBaker
The Takamine photo credit by LennyBaker

この様な細工には大抵はルータ[※1] で型に合わせて掘り込んだ木材の窪みに 型に合わせて切り抜かれた貝殻を嵌め込むものですが、 ルータの刃物の径だけは角が丸みを帯びたり、 切削時のズレや材の個性でなかなかピタリとは合わないものです。 此れを高級器に成る程、鑿などで削ったり、貝殻を接いだりして形を合わせるのですが、 量産品に於いてはコクソと呼ばれる木材の粉と糊を合わせたもので間を埋めたりするものです。

さて今回或る象嵌品が公開される運びとなったのですが、 此れは問題なく最高級品とされるべき品でした。 それは鉄製の長さ75cmに及ぶ太刀でありその背にこそ象嵌の施されていると言う代物でその文字から 庚寅銘大刀 と称されています。

象嵌されるのは19文字の漢字で最後の一文字が判別困難なものの 大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果(□) と報じられ 庚寅こういん とは即ち暦でありその年の1月6日に作刀されたものとその文字は伝えます。 この庚寅は驚くべきことに日本書紀に伝えられる暦伝来の年西暦554年の僅か16年後で暦の使用例として最も古いものとされるのです。 そして2011年の9月の発掘当初はその象嵌素材が何物かは判然しなかったのですが、 それより1年半、長年の附着物を洗い流されたそれが金であるのが判明したのでした。 当時に鉄製の太刀を副葬され其れが紀年銘入りであれば 被葬者が相当の権力者であるのが容易に推察され、 加えて金象嵌であったとすればそれは尚更にて、 この太刀が最高級品であるのは論を俟ちません。


より大きな地図で 全国遺跡マップ (元岡古墳)を表示

その発掘された元岡古墳群の位置する博多元岡地区を右の地図に見てみれば 九州は半島に程近く如何にも当時の先進文化を受け容れ口として 其の地の支配者の権力が大きいものであったのかが窺い知れます。

発見当初の様子を現地説明会へ直接赴き写真入で伝えてくれる 雑感録ブログさんの記事[※2] は多くのメディアが伝えるものより遥かに詳細で丁寧な情報を齎してくれますので 興味のある向きは参照されるのが宜しいでしょう。 この太刀は勿論、石室から日本最大級となる銅鈴などの副葬品迄、 写真入で説明と併せて記載されてとても参考になります。

此の象嵌文字が金素材であるとメディアに依って報じられたのが今年2013年となってから、 発掘より凡そ1年半掛けての一報となりました。 古代象嵌銘文太刀についてその象嵌の金銀に於ける純度の研究の報告もあり[※3] それに依れば金の純度は90%以上のもの及び70から80%の場合があって、 一般に年代的に古く遡る程、地域的に中国に近い程、純度が高いものと報告されています。 今回の 庚寅銘大刀 では其の象嵌文字の金純度は明らかにされるべき情報であり、 其れは福岡チャンネルの配信する動画に明らかにされています。 下に其の動画を貼り置きましょう。

庚寅銘大刀の象嵌の材質が金であると確認されました

その純度は何と98%、僅かに2%の銅を含むのみと言う驚くべき高い純度です。 一体如何なる人物が被葬者であるのでしょうか。 古代史ファンなどは実に興味深い今回の発見となったでしょう。

そしてこの象嵌入り太刀が一般公開される旨も告知されました。 公開は 福岡市埋蔵文化財センター で実施され問合せも同館となっています。 公開期間は今年2013年今月2月2日から10日迄、 本日4日は休館にて明日から10日迄閲覧が可能となっていますから 休日も挟み未だ少し余裕もあるようです。

さて情報配信についてホームページ 福岡市埋蔵文化財センター を格付けするとすれば 今回の事案については何も扱われておらず 残念ながら最低ランクと見做さざるを得ないものです。 僅かに救いとなるのは福岡市ホームページのプレスリリースに市政記者に向けての情報発信[※4] があるもので、しかし例に依ってこのメディアに頼り切りの情報発信は望ましい姿勢ではなく、 また一般の方の現地説明会に赴いての説明が実に優れている上では、 当該センターの一層の奮起は必須とされます。

追記(2020年2月18日)

本記事配信時には福岡市埋蔵文化財センターのWebサイトの情報発信の在り方について苦言を呈したのですが、 今サイトを見直して見ると確り 庚寅銘太刀こういんめいたち についての其の後の情報が配信[※5] されていました。 配信時は(□)として不明な文字を記載していましたが、 どうやら透過エックス線撮影の結果を以て「 」の字の可能性が高くある様です。 従って銘文は「 大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果練 」となり、正月を「 建寅月 」と見做せば、寅の年、寅の月、寅の日と寅が三つ重なり、而して現代訳は「 寅が3つ重なる縁起のよい日に、12回(=何度も)刀を叩き鍛えて、すばらしい刀をつくりました。 」となり、庚寅の年と庚寅の日が重なるのは60×60で3600の場合の内の唯一つであれば日付の特定も可能となる道理にて、 其の日は西暦570年1月6日となるのは本記事配信時にも記した処です。 然れば当該日は当然、古事記編纂以前、 文献資料がない時代の鍛造となる此の太刀は暦の実在を確認出来る日本最古の資料ともなる実に貴重な遺物でもあったのでした。

以上に加えて、本記事配信時にも象嵌文字が金である旨、記載しましたが、 古墳出土の金象嵌の銘文刀剣としては国内では三例目にて、 従前出土の金象嵌銘文刀剣である 稲荷山古墳出土鉄剣 及び 東大寺山古墳出土金象嵌銘花形飾環頭大刀 は孰れも国宝の指定を受けておれば、 庚寅銘太刀 も国宝となる可能性が決して低いものではないでしょうし、 最低でも国重文の指定は下らないものと思われます。

さて、福岡市埋蔵文化財センターWebサイトには、 今や最低限の措置たるものの公的機関のものには屡々怠りの見受けられるセキュア化も施されていますし、 庚寅銘太刀 の保存処理が然るべきものたるのは勿論、 尚、情報発信にも健全化、迅速化に向けて邁進して欲しいものです。

使用写真
  1. The Takamine( photo credit: LennyBaker via Flickr cc:2020年2月18日現在アカウント削除確認)
参考URL(※)
  1. ルータ (工具)(Wikipedia)
  2. 福岡なるほどフシギ発見~番外編~ 国宝級? 元岡古墳群の紀年銘入象嵌太刀(雑感録:2011年9月23日)
  3. 古代象嵌銘文太刀の始原に関する総合的研究(09610412)(科学研究費助成事業データベース:研究期間1997年度~1998年度)
  4. 元岡G6号墳出土庚寅銘大刀速報展示について(福岡市経済観光文化局文化財部埋蔵文化財センター:2013年1月31日:2020年2月18日現在ファイル削除確認)
  5. 保存処理の成果(平成23年度)(福岡市埋蔵文化財センター)
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