世界一高価なウォッチと言う挿話

甘くて美味しくて廉いけれどデパ地下では買えないスイーツの シャトレーゼ齊藤寛 社長は未だデパートなどにスイーツを卸して商売している頃、 デパート外商から要りもしないのに購入を無理強いさせられた曰く付きの逸品があります。 Patekパテック Philippeフィリップ の腕時計です。 言わずと知れたパテックフィリップは高級腕時計の代名詞、 黄金に輝く其の一本は500万円の値付けだったとやら、 同社 沿革 に依れば昭和42年12月に元組織を改組して株式会社シャトレーゼに社名変更、シュークリームの生産を開始して 昭和50年には首都圏を中心にフランチャイズチェーンの洋菓子専門店を展開したとありますから、 昭和40年代の話しになるでしょうか、当時の500万円は中小規模の代表に取って大層な金額であったかも知れませんが しかし一外商マンの高々其の程度の金額の成績の為に全デパートが貴重な店揃え資源を失ったのは自業自得の感もあり 其れ等が折り重なって恐らくは百貨店不況も招かれたのかも知れぬ今に至るも ことあるごとに此の挿話をインタビューで話される齊藤氏の左手首には 未だに此のパテックフィリップが巻かれています。

Geneve, Swiss - Patek Philippe photo credit by Emran Kassim
Geneve, Swiss - Patek Philippe photo credit by Emran Kassim

上は或る種ネガティブな方向にはありますが、 高価な高級腕時計は兎角此の如き挿話に事欠かないのは其の圧倒的な存在感を物語る 其の様はまるで室町の昔から本邦に根付くお茶道具の文化の如くあります。 かたむき通信に度々申し上げる此の類似性は嗜好品として究極の一形態であり、 機械式高級腕時計はなればこそ其の存在価値を殊更高めているとも言えましょう。 挿話は付加価値として高級機械式腕時計には機能し暖簾代を高めます。 就中パテックフィリップは格別であるのでした。

特別な存在としてのパテックフィリップについてはかたむき通信にも記事[K1] にした処、リチウムイオンバッテリーケースや痛くない注射針で名を馳せた 岡野雅行 氏がデザインに一目惚れして其の場で購入を決めた1970年代前半に於いて120万円の値付けの一本もパテックフィリップでした。 此れ等も岡野氏の名が世に広まるに連れパテックフィリップに加えられたポジティブな挿話の一つと言えます。

さて此処に高級腕時計の数寄者は一つだけじゃ満足出来ゃしない とばかりに其々が数十もの高級腕時計を所有する数寄者が集うレッドバーなる時計マニアのカルト集会の紹介記事が配信[※1] されています。 矢張り高級腕時計の高級腕時計たるアイデンティティには ジョニーアイブ氏のスイス腕時計業界の行く末に関する言[K2] に憤慨する収集家の興味も尽きないようで一聴に値する意見が述べられています。

本邦では余りガレージの扉を開くに用いる向きも少ないでしょう彼方では其の如き用途もあるらしい スマートウォッチの如くFacebookやTweetのチェック、 電話やメールの着信は愚か、人々が時刻を知るのにさえ利用するものでは 今日腕時計は高級な一本と言えどもないと言い切るのも如何なものかと言う気もしますが、 兎も角吾人が日に30回も腕時計に目をやるのは最早時刻を知る為ではない、 他社と己れを区別する方法、即ちアイデンティティ確保の一手法、 約めて言えばステータスシンボルだと言うのは機械式高級腕時計本邦茶道具論と同類に窺えます。 また男性が唯一公式に宝石を身に着けさせ得る機能を有していると言う腕時計に関する見識も面白くあるでしょう。

此の如き幾分揶揄と言うより大分罵倒に近い言をクォーツ時計やスマートウォッチにに浴びせる 其の内の一人は最新の電動自動車テスラと同額程度の永久カレンダー付ピンクゴールドのパテックフィリップを巻いて登場する集団では 邦人にはカテゴリーが異なろうよと些か心外ですがカシオGショックをローエンドとし、 ハイエンドに位置付けられるのはパテックフィリップとなるのでした。 孰れにせよ1980年代に産声を上げたばかりの機械式高級腕時計の市場は 吾人の感性を刺激して膨らむばかりと言う幾分バイアスは掛かっていようものの興味深い考察の並ぶ此の文章中にも Jaeger-LeCoultreにGlashütte Original、IWC、Audemars Piguet、Rolex、Ulysse Nardin、Longinesと 綺羅星の如き高級腕時計ブランドの居並ぶにパテックフィリップはまた格別の扱いを受けています。

henry graves supercomplication photo credit by greyherbert
henry graves supercomplication photo credit by greyherbert

此の床しき文章中には一つの特別なウォッチが登場しています。 超レアと本邦でも今時な形容詞付で紹介されたのは Henry Graves Supercomplication 、パテックフィリップのウォッチでした。 英語では懐中時計は Pocket watch 腕時計は Wrist Watch となりますから共にウォッチには変わりないのは 携帯用の時計として懐中時計から腕時計は時系列にシームレスな移行が見られたためでしょう、 本記事のタイトルを腕時計とせずウォッチとした些か釣り気味の本意も白状すれば其処に有ります。 15年振りに市場の現れた此れが超レアであるのを証明するかの如く来るオークションでは 1,650万米ドル、2014年11月現在の相場にして約19億円と言う破格値が付くだろうと予想されています。

彼の懐中時計は1932年の産、銀行家 Henry Graves 氏の発注でパテックフィリップの手に依り生を享けました。 発注時が懐中時計から腕時計へと主流が移る契機となった第1次世界大戦の集結1918年より幾許も経ねば 腕時計ならずして懐中時計としてあったのでしょう、金無垢に覆われた其の重量は流石に500グラムにも及びますが、 超複雑時計と称されるが如くリピーターにウェストミンスターのチャイムがあしらわれ 永久カレンダー及び日の出、日没時表示機能を搭載し 糅てて加えてGravesの住まいのニューヨーク5番街の上空図が文字盤に表現されると個人的な製作物は 先ずは凝り様も尋常にないのは確かです。

経ること数箇月、オークションを控えて落札予想価は1,970万ドルに高騰し[※2] そしてオークションは開催され パテックフィリップHenry Graves Supercomplicationは其れを上回る記録値にて落札されたとの報を、 落札者名はオークション主催者が明らかにしない旨と合わせ各メディアが一斉に報じました。[※3〜6] 2,060万スイスフランと伝えられますから2014年11月現在の相場で見て凡そ2,147万米ドルは約25億円と 予想を遥かに超えた価額と相成りました。

斯くて今またパテックフィリップには世界一高価なウォッチと言う挿話が付け加えられ 好事家連を垂涎足らしめるブランドの地位を一層増さしめたのです。

使用写真
  1. Geneve, Swiss - Patek Philippe( photo credit: Emran Kassim via Flickr cc
  2. henry graves supercomplication( photo credit: greyherbert via Flickr cc
かたむき通信参照記事(K)
  1. 岡野式腕時計愛好の一つの形~パテックフィリップ・ノーチラス(2013年3月5日)
  2. IFA2014開催期間中新スマートウォッチ続々登場(2014年9月5日)
参考URL(※)
  1. For Luxury Watch Buyers, One Just Isn't Enough(NYTimes:2014年10月8日)
  2. Records fall at $19.7 mln Patek Philippe anniversary auction(AFP.com:2014年11月10日:2020年4月27日現在記事削除確認)
  3. The story of the 'most complicated' watch in the world(BBC News :2014年11月11日)
  4. World's most expensive watch sold at auction(BBC News :2014年11月12日)
  5. 金の懐中時計、史上最高額の25億円で落札 スイス(AFPBB News:2014年11月12日)
  6. Patek Philippe gold watch sells for record $24.4M(CNN.com:2014年11月12日)
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