ロレックス・ディープシーD-BLUEダイアル~ジェームズ・キャメロン深海単独潜水記念モデル〜命名の由来

腕時計好事家の間では2014年の8月上旬、 ロレックス公式サイトのトップページが話題となっていました。 秘密主義と謂われるロレックスの例に漏れず何の前触れも無く登場した其のモデルこそ ディープシーD-BLUEダイアル でした。 公式サイト当該ページ[※1] には誇らしげに以下引用の如く記されています。

オイスター パーペチュアル
ロレックス ディープシー
D-BLUEダイアル
ジェームズ・キャメロンの歴史的な単独潜水を記念して。
あざやかなブルーから深海のようなブラックへ。
2色のグラデーションダイアルは
地球最深部・マリアナ海溝の底に単独で到達した偉業を讃える。

ロレックス社には2008年のバーゼルワールドで発表されたダイバーズ腕時計 Deepseaディープシー なる既存のモデルがラインナップされています。 前世紀初頭に高い防水性を実現したオイスターケースの本舗として前世紀中盤に サブマリーナー及びシードゥエラーの如きダイバーズ腕時計を世に提供したロレックス社が 満を持し究極のオイスターケースを求めて生み出したモデルがディープシーでした。 以来プロダイバーの高い要求に応え続け時を刻んでいます。

Deep Submergence Unit releases the U.S. Navy Submarine Rescue Diving and Recompression System's Pressurized Rescue Module Falcon photo credit by Official U.S. Navy Page
Deep Submergence Unit releases the U.S. Navy Submarine Rescue Diving and Recompression System's Pressurized Rescue Module Falcon photo credit by Official U.S. Navy Page

此のディープシーに8月上旬、突然加えられたモデルが D-BLUE DIALダイアル でした。 鮮やかな群青から漆黒に近い濃紺へと移り行くグラデーションを文字盤に施したモデルです。 D-BLUEのDはDeepのDに他ならないでしょう、 バーゼルワールドに新作を発表するのが常なるロレックス社は如何して此の時期に敢えてディープシーに1モデル加えたのでしょうか。

D-BLUEダイアルが発表されたのと同じ時期に発表されたドキュメンタリー映画がありました。 作品名は Deepsea Challenge深海への挑戦 3D 、Apple社サイトにも予告編ページが用意[※2] されており2014年8月8日に全米で封切られた此の作品には メインカメラに超高解像度で知られるRED社のRED EPIC MYSTERIUM-Xが使用[※3] されてもいました。

メガホンを取ったのはカナダ出身の James Cameronジェームズ・キャメロン 監督です。 ヒット作も数多持つキャメロン監督は実は海、取り分け深海との関係が深くあります。 1989年には残念ながら不振を託ったSF映画 The Abyssアビス が深海を舞台にしており、原作は自身が高校在学中の若き日に書き記した短編小説と言いますし、 エイリアンズ・オブ・ザ・ディープ なる自らのヒット作品名を冠したドキュメンタリー映画もメガホンを取っていますから 深海は監督に取って生涯を通ずるモチーフでもあるようです。 今作はアカデミー視覚効果賞を受賞しながらも思う様な興行収入を上げられなかったアビスへのリベンジ作と取れないでもありませんが 自らの生命を掛けての作品に其の見方は余りにも失礼と言うものでしょう。

キャメロン監督と言えばかたむき通信にも2012年3月27日伝えた[K1] 様に本業の映画の為とは言え、深海1万メートル探検を成し遂げれば最早斯う言っても良いでしょう、 冒険家、探検家でもあります。 此の時撮影した模様が今作の骨格を為しているのでした。

深度1万メートルが如何に危険な領域であるかは今年 正に深海1万メートル付近で水圧に因り大破したと思われる8億円もの巨額を投じて作られた無人深海艇 Nereusネーレウス[※4] のニュース[※5] からも窺い知れます。

キャメロン氏の2012年3月26日の冒険は世界最深のマリアナ海溝への有人潜行としては実に52年振り2回目であり、 更には単独潜行としては世界初の挑戦でした。 其の挑戦の相棒ともなった潜水艇の名称こそ ディープシーチャレンジャー 号でした。 驚くべきは此の時潜水艇船体外部には特別誂えのロレックス製腕時計ディープシーが3本取り付けられていた[※6] と言うのです。 此の3本は7時間もの深海探検の間中正確な時を刻み続け、無事生還したと言います。 此処にロレックス社とキャメロン監督の関係が明らかとなりました。

潜水艇名称には穿って見ればロレックスの希望も有ったのかも知れませんが、 滅多なことではバーゼルワールド以外で新作を発表することのないロレックス社が敢えて8月上旬に此のモデルを発表したのは キャメロン監督への配慮以外に考えられねば ロレックス社がスポンサーとして船名を強いたのではなく、 探検家に然るべく敬意を払った結果キャメロン監督が其れに応えた結果と取った方が宜しいでしょうし、 態々ロレックス社が自社の方針に逆らいキャメロン監督の新作発表に時期を合わせて新モデルを発表したのも首肯けようと言うものです。 文字盤の鮮やかな群青から漆黒に近い濃紺へと移り行くグラデーションは正しく深海探検を如実に表現しているのです。

而うしてロレックス社の新モデルにはディープシーD-BLUEダイアルの命名が為されたのでしたが 好事家などに依れば今年発表の同じくダイバーズ腕時計カテゴリーに在るシードゥエラー4000登場で カタログから削除されるのでは、と懸念されるなどラインナップに微妙な位置を占めるディープシー[※7] が何故キャメロン監督の偉業の記念モデルのベースモデルに選定されたのでしょうか。

上にマリアナ海溝への52年振り2回目の有人潜行と記しましたがでは最初に此れを敢行したのは誰でしょう。 其れはスイスの海洋学者であり、冒険家にして発明家でもある Jacques Piccardジャック・ピカール 氏でした。 氏を前後して3代に連なる冒険一家となった家系に生を享けた[※8] ピカール氏は1960年1月23日、父親の Auguste Piccardオーギュスト・ピカール 氏の設計した潜水艇 Triesteトリエステ 号に搭乗しキャメロン監督に先立つこと半世紀、人類初の偉業[追] を成し遂げていたのです。

そして其の敢行時、観測室外壁に取り付けられていたのがロレックス社の試作モデルであり、其の名も ディープシー・スペシャル[※9] であったのです。 キャメロン監督の深海単独潜水記念モデルはロレックスのディープシーしか考えられませんでした。

ディープシーD-BLUEダイアルには半世紀を超える海洋ロマンが秘められていました。 其の命名の由来を聞けばダイバーには唯に有用なモデルのみならず 胸の熱くなるのを禁じ得ないでしょう。 固よりロレックス・ファンにも自ずから込み上げるものがあるに違い有りません。

基本的にはロレックスの既存モデルであるディープシーを受け継ぐモデルですからフォルムは右の画像と同様、 正面からは端正な面持ちも一旦腕に嵌めればかなり嵩の張るぽっちゃり体型[※10] にて女性の細腕に巻くには無理のあり一般男性にも些か骨の折れるボリュームですが、 但し其のダイヤルは海底の深遠を思わせる深く鮮やかな青色に染められたものとなっておれば 共に一度海に潜るやディープシー足りて海の男の掛け替えの無い相棒として在る其れは 海上に上がるや安堵と達成感に漲る体躯の手首に美しく映えるでしょう。

ディープシーD-BLUEダイヤル、100万円を超える値付けにも関わらず8月初頭の発表から2箇月経ってもネット上に品薄の状況が嘆かれ[※11] 多くのファンは定番モデルとなるか限定モデルとなるかの微妙な線に気を揉む向きの多いのも此のモデルの存在感を物語っています。

追記(2019年7月15日)

キャメロン監督に先立つピカール氏の偉業は即ち、 ディープシー・スペシャルを海洋最深部へ潜水せしめたという腕時計に於ける記録の樹立でもありました。 此の水深1万911メートルから帰還した腕時計が尚機能した大記録は半世紀以上もの長きに渡り破られはしませんでしたが、 此の度、遂に更新の報[※12・13・14] が齎されました。 今年2019年5月に新記録を達成した立役者は Victor Vescovoヴィクター・ヴェスコヴォ氏です。 マリアナ海溝の底に人類が到達したのは氏を以て史上三度目であり、 一度目がスイス人技術者であったピカール氏と Don Walshドン・ウォルシュ 米海軍中尉、そして二度目が本記事に当初紹介した処のキャメロン監督の記録を16メートル更新する1万927メートルの単独潜航であったのでしたが、 今回の記録は1万928メートルにてキャメロン監督の記録を1メートル更新したのでした。 新記録を達成したヴェスコヴォ氏を初代記録保持者のウォルシュ氏が洋上に祝福する様子[※12] も伝えられています。 勿論、ヴェスコヴォ氏潜航の目的は、多分に意識されたではあろうものの記録樹立のみにあらずして、 太平洋、大西洋、インド洋、南極海、北極海、五箇所各々の最深部を探査する Five Deeps Expeditionファイブ・ディープス・探査 プロジェクトの一環であり、驚くべきは此の如き最深海部にもプラスチックごみなどの海洋汚染の影響が見られたと伝えられます。 また現地に於ける詳細な地形探索もなされましたから、 恐らくは次の記録更新にも今回の情報が活かされるのだと考えられます。 現在、マリアナ海溝の最深部は水深1万994メートルとされています。

記録樹立の腕時計は OMEGAオメガのモデル SeaMaster PlanetOceanシーマスター プラネットオーシャン UltraDeep Professionalウルトラディープ プロフェショナル です。 ヴェスコヴォ氏の潜水艇 Limiting Factorリミティング・ファクター にはコードネーム、 FOD-X1FOD-X2FOD-X3 という3本のウルトラディープ・プロフェショナルが固定されていたと言いますから、 スウォッチグループのオメガは独立系のロレックスの59年前の方式を踏襲したとも言えます。 ウルトラディープ・プロフェショナルは シーマスター・プラネットオーシャン のスペシャルバージョンですが残念ながら其の物の市販は予定されていません。 但し近い将来にスペシャルバージョンの構成要素の市販モデルへの転用、活用は充分考えられ、 オメガの展開を大いに楽しみにして宜しいでしょう。

使用写真
  1. Deep Submergence Unit releases the U.S. Navy Submarine Rescue Diving and Recompression System's Pressurized Rescue Module Falcon( photo credit: Official U.S. Navy Page via Flickr cc
かたむき通信参照記事(K)
  1. タイタニック3Dキャンペーンで緊急来日のジェームズ・キャメロン監督が驚きの海底1万メートル探検!(2012年3月27日)
参考URL(※)
  1. ロレックス ディープシーのスピリット(Rolex公式サイト:2019年7月15日現在記事削除確認)
  2. Deepsea Challenge 3D - Movie Trailers(Apple: iTunes)
  3. ジェームズ・キャメロン監督、マリアナ海溝での撮影にREDのソリューションを採用(RED:2014年10月15日:2019年7月15日現在記事削除確認)
  4. ロレックス:ディープシー D-BLUEダイヤルエディション【2014新作腕時計】(Watch Journal.net:2014年8月5日)
  5. ネーレウス (無人潜水機)(Wikipedia)
  6. Nereus deep sea sub 'implodes' 10km-down(BBC News:2014年5月2日)
  7. ロレックス ディープシー チャレンジ - ジェームズ・キャメロンの潜水(Rolex公式サイト:2019年7月15日現在記事削除確認)
  8. 限界に挑むピカール家3代(SWI swissinfo.ch:2008年12月11日)
  9. エバンスによるロレックス解説:ディープシー(EVANCE ONLINE SHOP:2019年7月15日現在記事削除確認)
  10. ロレックスディープシーの評価(Ref.116660)(Rolex Street 6098 遊馬のロレックス専門ブログ:2013年8月5日)
  11. 気合(ワンちゃんのロレックスの小部屋:2014年10月20日)
  12. 1万メートル超の深海にプラスチックごみ 潜水の新記録達成の探検家が発見(BBCニュースJAPAN:2019年5月15日)
  13. 世界の最深部へ(OMEGA®)
  14. オメガ、新たなダイバーズウォッチで世界最深の潜水記録を樹立(エスクァイア:2019年7月2日)
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