伊那食品工業~年輪経営で永続を目指す開発型寒天特化企業

寒天と言えば心太と言った連想しか浮かびませんが、 この寒天に特化した企業が長野県は伊那市に在り、 その年商は174億円、従業員数435人と聞けば些か興味を惹かれます。 その年商が示すように寒天の国内シェアでは80%を占める 伊那食品工業株式会社 がその企業です。

現在同社の寒天は業務用が6割、家庭用が4割を占めるそうですが 流石に寒天に特化した企業だけあってその用途の開発を進め、 今では以下列挙する処なども品揃えしています。

  • 可食性フィルム
    カップ麺などに添付される粉末ソース封入に利用されお湯で溶けて食べられる製品
  • 医薬用カプセル
  • アガーライト
    農業用土壌改良剤
  • 歯科印象材
    歯科医院に於ける歯の型取り材
  • 化粧品
    保湿性の高さを有効利用した商品

これを実現するのはこの企業規模としては異例の総工賃は10億円とされる 寒天新用途開発の為のR&Dセンタ迄開発しています。 企業は総て開発型であるべきとの考えを持つ同社代表取締役会長 塚越寛 氏の確固たる考え方あってこその実現でしょう。

実際寒天を食用として商っている限りは上限が見えています。 国内にシェア8割を寡占するからこその危機感でもあるでしょう。 しかしその萌芽は上限の見えた処に有ったのではなかったのです。 嘗て40社を数えた寒天取扱業者との価格競争に陥らないためにこそ 開発を重視する方針は芽生えたのでした。

寒天は伊那食品が製造を安定させるまでは相場商品でした。 農家が冬場の副業として営むのが普通であったため出来、不出来の差が激しく 自然その年の出来具合に因って相場が成立するのでした。 これを世に安定供給するだけでも伊那食品の価値があったでしょう。 この安定生産化にも開発型を重視する同社の方針が現れているようです。 その製造はオートメーション化され、 勿論寒天製造機などは世に有りませんから これらの機器は総て自社製、自前で賄ってもいるのでした。

これほど寒天に特化、深堀りした企業にあって 1958年の創業以来年商は右肩上がりで48年間一度も減少に転じたことはありませんでした。 伸び巾は決して大きいものではありませんでしたが、 実にこれこそ塚越代表の経営理念を現しているものです。 それを氏は 年輪経営 と呼んでおり、その具体的方法論の骨法は以下の二つとされます。

  • 売り過ぎない
  • 作り過ぎない

これは老舗を見本として考案されたものだと氏は述べます。 然るに急激な成長は悪と見る考え方です。 これを例えるに氏は年輪の一枚が厚い即ち成長の早い百合の木を持ち出します。 この木は一度台風に会えば一番最初に折れてしまうと言うのです。 急激な成長はバランスを失い何処かに無理を伴うとします。

しかしある年急激に売上が伸びます。 2006年、48年間に及ぶ記録更新の終焉です。 後から見ればこの後年商は創業以来初めて減少に転じたのです。 原因は寒天ブームでした。 ブームにより全国で品薄となった寒天に普段常食している人からクレームが相次いだのです。 この人達のために社員が自ら進んで昼夜惜しまず生産し売上は増大しました。 この時社員の状態は傍目にも好いものではなかったようで外部からも指摘される処でした。 この後の売上の減少は図らずも年輪経営の正しさを証明するものとなりました。

この際はブームの終焉が同社を救ったとも言えます。 特別な手当て無しに需要は従来通りに減退してくれたからです。 従ってブームに何某かの施策を用いるのが次回同社の試金石となるでしょう。

とまれ、氏は経営にこれを当て嵌めゆっくりとしかし確実に成長する企業こそ良い企業だとし、 それを実現する経営理念こそ年輪経営であると言う訳です。 何故この理念を採用するかと言えばそれは 永続する企業 をこそ求めるからです。 この安心感が従業員、顧客など関係者に安心感を抱かせ延いては幸福を齎すと考えているのです。

この理念は具体的に従業員及び顧客に対し形となって現れます。 同社では滅多なことでは商品をカタログから外しはしません。 例え売上が落ち込んでもそれはある顧客に取っては思い入れのある 大事な商品かも知れないからです。 目には見えないけれど目から鱗の顧客指向と言える方策でしょう。

その代わり新商品も矢鱈出したりはしません。 新商品開発に於いては流行を追うのは厳に戒められています。 新開発された中にも評価の高いものはストックレシピとして社内に貯蓄されもします。 一度に多くの商品を世に出したりは決してしません。 この考え方が定番やロングセラー商品の多い同社の品揃えを演出しているのでしょう。 顧客は長年親しんだお馴染みの愛着のある商品を今日も利用出来るのです。

従業員に於いては 同社は基本的に年功序列であり、終身雇用制を取っています。 剰え同社を定年退職した者の受け入れ先として ぱぱな農園 なる事業迄展開しています。 これにより従業員は長期的人生設計が可能となり若い内から家を持つことが可能となり その持ち家率は地方であるのもあって、8割にも及ぶそうです。 これが手厚い生活への補助や、効率、合理性を無視した働き易さ重視の就業体系等と相俟って 社員のモチベーションアップに繋がり、社員自ら始業前に出勤しては 同社の東京ドーム2個分と言う広いガーデンの清掃にあたり、 特別に清掃要員を揃える必要も無く広大な庭は常に清潔に保たれているのです。

この広大な同社ガーデンは実は顧客を迎え入れるための施設でもあります。 ガーデン内にはお土産ショップに他には例を見ない寒天レストランが用意されています。 同社に見入られたお客さん達は列を成し、 今日も観光バスを何台も連ね、同社で振舞われる寒天に舌鼓を打ち、 お土産の寒天食品をしこたま買い込んで満足の笑みを浮かべているのです。

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