iPhone5に見るアップル社の割り切りとこだわり

ほぼ大方の予想通り、定例のiPhoneの新機種の登場ですが、 それでも代表的スマートフォンのモデルチェンジに大いに世間は湧かせられました。 かたむき通信にはGoogleトレンドに依って日本に於ける注目具合を考察もしてみる処となりました。 〔K1〕

矢張り注目のモデルとあって様々なモデルチェンジに関する予想が為されましたが、 かたむき通信にもご他聞に漏れずその如き記事をものしました。 そこにはiPhone5には NFC (Near Field Communication)が搭載される噂を状況証拠と共に記載しました 〔K2〕 が、申し訳なくも実物には遂に搭載されず予想を外す処となりました。

火のない処に煙は立たないとも申しますが、 矢張り相当にアップル社ではNFC搭載の検討が重ねられたのだろうと思います。 しかし遂に搭載はしませんでした。 COMPUTER WORLDの記事 〔※1〕 には米国のアナリストのジャック・ゴールド(Jack Gold)氏の弁で 今はNFCよりも LTE (Long Term Evolution) 〔K3〕 が重要であるのをアップルは充分理解している、としています。 此処に実にアップルらしさが見て取れるように思うのです。

即ちそれは シンプル の一語に尽きるでしょう。 故スティーブ・ジョブス氏が復帰前のアップル社の製品群は 雑然として明確なコンセプトも感じられず 下手をすればカニバリズムを起こし兼ねない品揃えでした。 しかし氏の復帰後、縦軸にはデスクトップとノートを、 横軸にはプロと一般を想定したマトリックスに配置する 僅か4製品に絞り製品は開発されたと言います。

そのマトリックスの一端、デスクトップと一般の交わる処から産まれた最初のヒットが iMac でした。 この時初めてアップルプロダクトに於いてチーフデザイナーを務めたのが 其の後ジョブス氏と二人三脚でヒット商品を量産し続ける ジョナサン・アイブJonathan Paul Ive) 氏であり、数少ないインタビュー中にもアイブ氏は シンプルを重要な概念として語っており 〔※2〕 、アップル社に於けるプロダクトに対する姿勢が垣間見えるのです。

このことを考えるに当たり、今凋落傾向の著しい日本メーカーを見れば それは更に鮮明となるでしょう。 日本メーカーが近年売り出してきた製品は所謂 全部入り です。 兎に角、詰められるだけ詰め込んでしまえ、とでも言わんばかりの その製品群は一部には喜ばれもしましたが、 現状を見れば総括として成功に導かれる手法とは言い難いものでありました。 日本電機メーカーに必要なのはこの時、 必要なもの以外はばっさりと切り捨てる勇気だったのかも知れません。 顧客に媚びる余り、あれもこれもと詰め込んで 結局は顧客から顔を背けられてしまったのが今の状態と言えば踏んだり蹴ったりです。

では必要なものとは何なのか? これには製品に対する明快なコンセプトが、 延いては企業としての理念、方針が明確でなければなりません。 これに従い、必要、不必要は判断されなければならないのです。 翻って見れば日本電機メーカーはこの判断基準が曖昧なものでしかなく、 売上の結果から帰納的に推測されるという本末転倒な代物でさえあったでしょう。

アップル社の方針は、製品のコンセプトは明確でした。 それは上にも現時点でNFCよりはLTEが優先されるように優先順位として現れます。 見事な割り切りを以て今回NFCは切り捨てられました。 そしてその潔い迄の 割り切り は決して捨て去ることの出来ない部分を有す こだわり と表裏一体のものでもあるのです。

スマートフォンを小型コンピュータと考えた時、 その心臓部に於いてコンセプトは明確であり、 しかもそれは長期的視野に立った上で決定されたものであったのがはっきりします。 其処に強力に存在するこだわりは 省電力小型化 です。 機能向上と背反するこれを発揮するには心臓部より手を付けるしかありません。

コンピュータの心臓部とは即ちCPUであり、 新型iPhone5には A6 と名付けられたCPUチップが搭載されています。 このCPUは出来和えの吊るしのものでもなければ今突然出来たものでもありません。 アップル社が長い間自社のモバイル端末専用に改善を地道に進めて来たものであったのです。 そして元は半導体設計メーカーの買収に端を発したこのCPUは 遂にアップル社の独自設計と言えるものに迄昇華したのでした。 〔※3〕 このCPUこそがiPhone5には搭載されているのです。

この買収はジョブス氏存命の頃、2008年は4月ですから実に4年余り以前に行われていました。 〔※4〕 兎角派手なパフォーマンスが目立ちそれ等ばかりが取り上げられもするジョブスですが、 斯くなる遠慮深謀も孕む人物であったのでした。 そしてアップル社は唯買収にて技術を手に入れるだけでなく、 ポストPC時代に向け、1,000人体制の開発陣を投入してもいたのでした。 〔※5〕 ポストPC時代に向け立てられた方針こそ 省電力・小型化 だったのです。

着実に進歩したCPUは今ほぼアップル社の独自設計となり、 見事に長期ビジョンに基いたCPUに結実し遂にiPhone5に搭載されました。 ソフトウェア等とのチューニングもありますから 直ぐ様と言う訳には行かないでしょうが孰れ吊るしの部品を寄せ集めた他製品とは 懸隔の抜群の省電力性を発揮するものと思われます。

これが長期的にユーザーに満足を齎すのは間違いなく、 延いてはユーザーロイヤリティ、所謂信者の増加に繋がるでしょう。 そして他のメーカーの追随が難しいのも確かなのです。 翻って見れば日本電機メーカーを槍玉に挙げるのは申し訳なくも 矢張り厳しい状況にあるのは確かで、 それはアップル社に見られる長期的ビジョンが欠落しているためとも謂わざるを得ないのでした。

かたむき通信参照記事(K)
  1. iPhone5の片仮名での検索ボリュームの比較考察(2012年9月14日)
  2. iPhone5にNFC搭載の噂~ガラパゴス化するおサイフケータイ(2012年6月26日)
  3. 携帯の通話回線が3GからLTEへ、ではLTEは何G?(2012年7月8日)
参考URL(※)
  1. 「iPhone 5」でNFCが採用されなかった理由――アップルの選択は吉と出るか、凶と出るか(COMPUTER WORLD:2012年9月19日)
  2. ジョナサン・アイブ氏インタビュー~カーサブルータス’12年3月号(はなまるチェック!:2012年2月13日)
  3. iPhone 5でAppleは独自のチップメーカーになっていた; それが抜群の省電力の秘密(TechCrunch:2012年9月19日)
  4. アップルのジョブズ氏:「P.A. Semiの買収はiPhoneのチップ設計のため」(builder by ZDNet Japan:2008年6月12日)
  5. ポストPC時代を主導するアップルの鍵は独自プロセッサー(はなまるチェック!:2011年10月11日)
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