閣議決定に於いて花押の署名には筆の用いられるのは日本では当たり前の如く報道されもしますが、
アメリカ合衆国で歴代大統領が法案に署名する際に用いられるのは万年筆でした。
この万年筆はアメリカに於いて現在の形が完成したと言われています。
万年筆は大量生産も為された時期もあり、
そして時代は移りパソコン等の普及で筆記具自体が嘗ての勢いを失えば 進学や就職の折にお祝いとして万年筆の贈られることも少なくなったのは かたむき通信にカテゴライズする 腕時計 と同様と言えるかも知れません。 腕時計にはクォーツショックで絶滅の危機に瀕した機械式腕時計が 唯に時間を知らせるものではなくして復活しましたが、 また万年筆にも同様のことが言えるようです。
嘗ては万年筆メーカーでもあった 中屋万年筆 は大手との争いに大量生産では抗せずして、今 手作りの高級万年筆として本場アメリカでも愛用者からの強い支持を受けているのを報じたのが テレビ大阪製作の人気クイズバラエティ番組 和風総本家[追] の2013年2月28日放映分、 日本の職人・世界で見つけたMade in Japan の第8弾に於いてでした。 中屋万年筆は大量生産ではなくしてオーダーメイドの高級嗜好品としての万年筆に活路を見出したとも言えるでしょう。
中屋万年筆は創業1918年、島根県の 松江天神町商店街 に軒を連ねる筆記具専門店です。 確りした修理を施せる腕時計のお店が減ったのと万年筆も事情は変わりませんが 此処ではその心配はありません。 下に代表の 久保勝彦 氏の店頭での応対と修理、調整の様子を知らせる動画をシェアしましょう。
如何に調整次第で万年筆の書き具合が良好なものに変じるかが良く分かる動画です。 インクの出が悪い際には水に浸しておくだけで症状が改善することも多いとの教示は また中屋万年筆の良心的な姿勢を表すものでもある気がします。 此の姿勢を以て作られた手作り万年筆が本場にさえ 其の強く支持する愛好者が多いのも肯けるものです。
この繊細なペン先の調整を確と受け継ぐのが和風総本家に紹介された職人歴23年の 吉田紳一 氏です。 ペン先の溝に刃物を入れ、ルーペでチェックしたあと おもむろに薄い石片の表面にペンを様々な角度で以て走らせます。 この石片は油を含んだ手作業用の小さな砥石で オイルストーン と呼ばれています。 この作業はペン先の当たりを良くするためのもので 書き味を滑らかにするためには必須のものでした。 小さな砥石でペン先を削り紙の上での走りを滑らかにしようと言うのです。 それも何某かの基準がある訳ではなくお客さんの要望を聞いて1本1本別々に調整を行う作業なのでした。 この調整を以てすれば筆記スピードの速い人物が好みの速度で速書きしようともインクが途切れることは有りません。 即ち速書きを好む向きに向けてインクの出る量を少し多くする調整がなされている訳です。 実際に紙に書いて見ればペン先の調整前後でインクの付きが丸で異なっているのが一目瞭然です。 この各人に合わせた調整で1本仕上げるのに最低でも1箇月と言うのですから 高級万年筆の面目躍如と言った処です。
更にはこの繊細なペン先を支える軸にも職人の技が活きているのを番組は伝えました。 軸は東京足立区西新井の小さな工房松原に於いて職人歴60年となる 松原功祐 氏に拠り生み出されています。 天然ゴムに硫黄を混ぜ熱して固めた エボナイト 、昔の黒電話やボウリングの球、楽器のマウスピースの素材としてお馴染みでしょう。 長さ9cm程に切断された直径15mmのエボナイトの棒が旋盤にセットされ 松原氏が様々な刃を用いて熟練の技で加工します。 氏は屑の出方に依ってコンマ1とかコンマ2の具合を推し量れると言いますから 何の印しも付けず勘のみで加工すると言うのも長年の修練の賜物でしょう。
今やエボナイト加工の轆轤職人もめっきり減ってしまったと言うその技術の圧巻は 棒の先に加工された穴と段差の後者に刻まれる 4条螺子 です。 この加工にはモーターで回る旋盤ではなくもう一つの昔ながらの足踏み式の横に設置された轆轤を用います。 4条螺子は螺子の切込みが4条あるからそう呼ばれるのであって 螺子切りが1条の溝に比べて4倍速いスピードでキャップの開け閉めが出来るのでした。 此れを金属の歯ブラシの様な形をした刃物で切るのですが 当然ながら4条の溝が互いに連携した間隔を取らなければキャップの開け閉め処ではなくなります。 此の難しい加工を螺子の雄雌に渡って施すのですから、 其の職人技の難度の高さが知れようと言うものです。 流石に松原氏は最初は何故この様な仕事を選んだのかと後悔したと言います。 こうして最高の技術で以て加工されたエボナイトの棒は雄と雌が螺子込まれ合わさって 其の両側を丸められ、よく見る形に近付いて行きます。 そして全体を漆で塗られ、これまた上記の熟練技で調整されたペン先が装着されるのでした。
銀座の本店が良く知られているであろう文房具専門店の 銀座・伊東屋 は2012年9月、サンフランシスコに出店しました。 世界各国から集めた文房具が並ぶ中にも売れ筋ベスト3が全て日本製と言うのも興味深いものです。 2位にはかたむき通信にも扱った 消せるボールペン[K1] もランキングインしています。 このボールペン人気に火が付いたのは最初フランスでした。 世界中から日本の筆記具の技術の高さに信頼が寄せられているのでないかと思わせられます。 番組に伝えられたアメリカの愛好者の声も熱烈でした。 これを聞いた仏頂面で如何にも職人気質の吉田氏は満更でもなさそうな様子で嬉しい旨発言し、 松原氏はやっていて良かったなと思う、と発言しました。
さてこの中屋万年筆、海外のみならず日本だって実は愛用者が多いのです。 熱烈な愛好者から奮発して手に入れたと思しき新人さん迄ブログ記事を発信しているものも多くありますので 其の中から以下に少しだけ紹介しましょう。
松原氏は言います。 其の文房具の基礎がアメリカで確立され、 今、其の本場で自分の作ったものが使われているのは嬉しいことだと。
追記(2020年4月4日)
「和風総本家」に2020年3月19日放映分を最終回として終止符が打たれた旨、 当番組で大人気となった柴犬の子犬 豆助 の其の後の情報と共に本ブログ2013年7月30日の記事 クラシックギターの源流スペインのギター工房に日本のヤスリが奏でる至高の響き に追記しました。
かたむき通信参照記事(K)- 消せるボールペン フリクションボールは過去の失敗を踏まえたPILOTの大ヒット商品(2012年7月10日)