オセロの勝負に於いては 序盤では数を取り過ぎず常に相手より石が少なくなるように心掛ける のを基本中の基本とすると聞いては門外漢は驚かざるを得ず、 また闇雲に角目を取れば好いのではないのも持ったる常識の低さを思い知らされるものでした。 成る程無闇に自石の数を焦り角を狙うばかりではいつもどうにも勝てない訳です。 なかなかに己の浅墓を思いながらも 上位者の打ち筋を目から鱗を落としながら傍観するのも痛快なものです。
上位者同士の対戦観戦にも此の如き感覚は味わえるのでしたがしかし、フジテレビの人気番組 ほこ×たて[追] の2013年2月17日放映分ではコンピュータの対戦にも感覚を同じく催させられました。 ハヤブサ VS 織田信長 の対決[K1] です。 其れは人にはあらぬオセロ用コンピュータプログラムの強さを争う頂上決戦でした。 此の時僅差で王座を獲得したのが ハヤブサ だったのです。
オセロプログラム最強の称号を手にしたハヤブサの開発者氏は現在 BTD STUDIO株式会社 で取締役兼技術部部長を務めています。 有効となる一番に勝利したとは言え先手後手を入れ替えて勝敗が引っ繰り返っているからには 更なる強さを求めるのは開発者として必定だったでしょう、 業務の携帯用ゲーム開発の合間を縫ってのハヤブサの強さ向上に 対決後も抜かりなく取り組んでいたのが番組に明かされます。
最強のハヤブサが求めたのは最強のデータでした。 ハヤブサ開発者氏はオセロ世界大会の棋譜をデータとして収集するのに余念ありませんでした。 オセロ世界選手権大会には世界中から最高レベルの上級者が集うのは無論です。 正しく選ばれし者しか参加出来ない其の場で繰り広げられる棋譜は最強のデータと呼ぶに値するのでした。 即ちハヤブサ開発者氏は人智最高、人間が考え得る最高峰のデータを入手し 自らのオセロプログラムに注力したのでした。 最強のオセロプログラムは更なる進化を遂げていたのです。
そして此処に又最強の挑戦者が現れました。 其の挑戦者が開発したオセロプログラムの名も ザ・オセロ[※1] とゲーム一般名称に定冠詞を冠して其の儘 己のプログラムに命名するのは其の強さを誇示しているかのようです。
ほこ×たてオセロプログラム頂上決戦第1弾の模様をVTRで観戦した挑戦者氏の口から発せられた言葉は如何にも挑戦的でした。 茶番は言い過ぎですかね、でもチョロいなと、と言い放ってみせたのです。 同時に、うちのオセロプログラムだったら問題なく勝てます、と言い切ってみせました。
斯う豪語するソフトウェア開発者氏、2013年時点で36歳の彼はゲーム界の超エリートとして宜しい経歴を誇ります。 1977年に千葉県に生まれ、幼少期を英国に過ごし、日本に戻ればストレートで東京大学に合格する頭脳の優秀さ、 本人自ら、努力しないのに試験成績は抜群で俗に言う嫌われるタイプとする辺りもなかなかの曲者です。 此の挫折を知らない超天才は現在 株式会社アンバランス に制作ディレクターとして所属しており、 将棋、花札、麻雀と言ったテーブルゲーム開発に携わっています。 特筆すべきはコンピュータの囲碁プログラムの世界大会で優勝、 囲碁プログラムを手掛けるや否や瞬く間に世界一の座に駆け上がった実績を持つのでした。
そして手掛けたのが今回登場のザ・オセロであり、 其の強さの秘密こそ本人曰く 手当たり次第其の後の状況をシミュレートして行く と言うものです。
オセロの石の置き方のパターンは百
挑戦者ザ・オセロ開発者氏は今回、強さだけ、勝利だけに特化した最強設定で勝負を ディフェンディングチャンピオンであるハヤブサに挑んだのです。 此処に新しくほこ×たての名物とも成り得そうなコンピュータプログラミング対決の第2弾、 オセロで検証~最強のオセロゲームを主張する2つのオセロマシンが戦うとどうなる!? なる第1弾から半年余りの2013年9月22日に放送された企画第2弾が出来したのでした。
決戦の地は今年2013年1月オセロワールドカップの会場ともなった312の多彩な店舗が織りなす、新しい下町
東京ソラマチ
にて、流石にゲームプログラム対決だけあって子供たちも含めた大勢のギャラリーが集まった中、両者は
相
上級者の打ち筋をデータ化したハヤブサと確率重視のアルゴリズムで対抗するザ・オセロの 頂上決戦に於ける対決ルールは以下の如く決められました。
先手後手の決定に関しては、 両社がどちらでも良いと主張した上で結局話し合いでハヤブサが白先手を希望する形を取りました。 囲碁では先番後番のハンデを相殺するのに コミ が用意されますが、オセロに於いては先手後手ほぼ互角と言われているのだそうです。
対戦へ向けた準備が進められる景色も興味深いでしょう。 現王者ハヤブサはデスクトップパソコンをセットアップし、 挑戦者ザ・オセロはiPadアプリを立ち上げました。 此処に両者ネットワークに繋がっているかは定かでなく、番組に伝えられることもありませんでした。 斯うしてコンピュータプログラムが稼動状態に置かれれば 互いのプログラムが指し示す一手を開発者が互いに面と向かって差し挟んだオセロ盤面に再現していく手順となる段取りです。
前回第1弾のハヤブサ対織田信長でも、 余りにも高度な戦いに門外漢の理解を超えた局面が続く中、高段者の解説は実に有効で、 其れ無くして番組は成り立たなかったと言っても過言ではありませんでした。 そして其の辺は今回も番組的に抜かり無く 解説は世界2位の実績を持つ、日本オセロ連盟の 中島哲也 八段が務めてくれました。
愈々戦いの幕は切って落とされました。 序盤は成るべく少なく取ることで相手の打てる場所を増やさない、と言うオセロの基本中の基本に沿って進んで行きます。 中盤でも序盤と同じく少なく取る基本が展開され、穏やかな局面が展開されるものと思いきや一転、 先手白ハヤブサが30手目に意外な一手を打って戦線が一気に広がりました。
上4列を支配する白、接して中2列を支配する黒の盤面に 此の黒の成す川に深く切り込む、と言うより飛び越えて向こう側、画面では下側の 下から2列目、右から3列目へ一手を打ち込んだのです。 解説者は首を傾げオセロでは普通考えられない手とし、一見悪い手に見えなくもない、と些か批判的響きをも帯びる感想で 疑問手に思う旨を正直に吐露しました。 パネラーにも思わず、コンピュータが間違えるぅ?と叫ばしめた一手でもありました。
石を少なく取る局面から石を激しく取り合う局面へ転じた中、 後手黒ザ・オセロが打った37手目は下から2列目、左から4列目への一手でした。 一見何事もなく思える黒が左手に壁を作るべく打った此の一手が勝負の分かれ目とも後に分析されるのですが、 此処からは局面は終盤に移って行きます。 お互い打てる手を先に潰す、此れ又オセロの基本中の基本に沿い局面は進むが 一進一退で勝負の行方は此の時点では全く見えません。
そして46手目、先手白ハヤブサが自ら勝負手と明言しながら放った一手は上から2列目左から2列目、 黒ザ・オセロに角目を与える一手だったのです。 黒に隅を与えはするが上辺を奪い取ることが出来る一手である、とオセロ八段解説者を唸らしめる一手です。 対する後手ザ・オセロは自ら罠に飛び込み与えられた隅を確保したのは上辺を与えても2列目を確保する作戦で、 此れも解説者に此処では最善手と言わしめる一手です。
素人目には目立つものから直ぐ様石を置いてしまいそうな右上隅は 黒は打てぬに依ってハヤブサは焦らず慌てず放置の呈で緩りと別方向を攻めます。 盤面に最後の2目を残し遂にザ・オセロはパスを余儀なくされ、 白、黒と一手ずつ盤面を埋めて遂に終局、 35対29にてハヤブサがザ・オセロから王者の座を守ったのでありました。
実は30手目の白ハヤブサの疑問手にも見える意外な一手が勝負を決める一手でも有りました。 序盤不利に思えたハヤブサは此の一手より俄然有利に勝負を有利に運べたのです。 恐らくはザ・オセロがコンピュータの性能上切り捨てざるを得ない計算結果の隙を 世界大会に於いて実際に打たれた最善手のデータが突いたのではないでしょうか。 また一見何事もなく遣り過ごした37手目はハヤブサが勝負を分けたと主張する一手でありました。 ハヤブサが分析するにこの時ザ・オセロは下辺左から3列目に黒が打てば 最終的に勝負は32対32の引き分けに終わった、とするのでした。 嬉しさと悔しさ、互いの心境と恐らくは新たな決意を抱きながら握手が交わされました。
さて今回も頂上決戦を制しオセロコンピュータプログラム王者の座を堅持した ハヤブサの強さの秘密がインターネット上に公開されています。 既に今回の勝利が高々と掲げられているWebサイト オセロ最強プログラム「HAYABUSA(ハヤブサ)」 では命名の由来や開発者自らについて、また実際にハヤブサと対戦出来るリンクなど設けられていますが、 其処には又其の強さの秘密である20頁に及ぶHAYABUSA技術資料が公開されているページ ワールドクラスオセロプログラム"HAYABUSA" へのリンクも貼られています。
技術資料を閲すれば当初のオセロプログラムは 対人間用に楽しんで対戦して貰える商業用サービス向けのものを想定したようで当時の名はシンプルに オセロ であったのですが、ほこ×たてへの出演依頼を機に人間が勝てないような競技用思考エンジンに舵を切り 其の際にプログラムをハヤブサと命名したとされています。 技術資料の内容は以下となっています。
- 評価関数に関して
- 検索アルゴリズム
- 枝刈り
- オープニングブック
- パフォーマンスと最適化に関して
- 今後の強化の方向性
- HAYABUSAの商用での使用状況
項目7に於いては、 モバイル用ネイティブ版HAYABUSAに勝利すると、制限が外れ、ネットワーク経由で、フルスペックのHAYABUSAと対戦することが出来る。 とされており、オセロ腕自慢に、例えワールドクラスの人物にあっても、願ってもない仕様となっているのが知れます。 此の資料の公開は此れからの対戦相手へ塩を送る行為とも成り得れば、 項目7に於ける今後の発展についての開発者の自信が伺えるようでもあります。 さても此れからの対戦相手には必読でありましょう。
上にも記した如く今回両者がネットワークに繋いでいたか否かは判然しません。 カスタマイズされたデスクトップPCとiPadの生の性能では 計算力はどう贔屓目に見てもデスクトップPCに上がるでしょう。 膨大なパターンの中から最善手を計算力で以て当たるとするザ・オセロが 生の儘のiPadアプリで勝負に挑んでいたら不利は否めないようにも思えます。 若しiPadが頃日発売された最新のiPhone5sのように64ビットになっていたら、とも思えます。 但しネットワークに繋がれていれば以上は当て嵌まりはしなくなりもします。 ハヤブサは技術資料にある通り携帯電話上の独立した軽いプログラムとしても 充分な強さを発揮するのでしたが、矢張り其の本領はネットワーク経由で 最強データの蓄積されたご本尊の登場を仰ぐのでしたし、 今回はデスクトップPCにフルスペックたる環境は用意されていたものと推察されます。 若しかしたら此の大一番、謂わばザ・オセロの読み対ハヤブサの大局観の勝負に於いて 読みに制約が課せられていた状況であったかも知れない、 とした感が過ぎらせしめらるのは面白くありません。 テレビ的には余り気に掛らない部分かも知れませんが、 今後此のコンピュータプログラム対決シリーズが定番化されれば 何らかの手法でイコールコンディションが証明され、 誰もが公正と疑い得ない環境、条件の用意が必要とされるものと考える処です。
将棋でもプロ棋士と対戦するコンピュータの活躍はお馴染み[※2] となりました。 電脳戦はニコニコ動画などで大変な人気を呼んでいるとも伝え聞きます。 コンピュータプログラムの対戦卓上競技への導入は どうやら見る者を惹き付ける強い魅力を持っているようです。 此のコンピュータプログラムの最強を決める対戦シリーズは ほこ×たてに於いても、また番組とは関係なくまだまだ楽しませてくれそうです。
追記(2019年8月14日)
2013年10月20日放映分の やらせ 問題で「ほこ×たて」が打ち切りとなってしまった旨、本ブログの2012年11月6日の記事 酸素アーク工業シャープランス対ムアン株式会社コールドファイヤー に追記しました。
使用写真- iTunes App Store で見つかる iPhone、iPad、iPod touch 対応 ザ・オセロ(R)(スクリーンショット)
- オセロ最強プログラム「HAYABUSA(ハヤブサ)」(オセロオンライン:スクリーンショット)
- ハヤブサVS織田信長~オセロ最強プログラムほこ×たて対決(2013年2月19日)
- iTunes App Store で見つかる iPhone、iPad、iPod touch 対応 ザ・オセロ(R)
- 閃け!棋士に挑むコンピュータ~将棋界に舞い降りたアトム(Acenumber Technical Issues:2011年8月25日)