Apple Watchに見るアップル社のアイデンティティたる角丸

ウェアラブル・コンピュータの筆頭と目されたスマートウォッチも漸く市民権を得てきた感があります。 世にはGoogle社が提供するAndroidにOSを依存する多くのスマートウォッチが出て来るようになりました。 其れ等スマートウォッチのデザインを見るにつけ些か感じられる部分もあります。 其れ等の多くが丸形のケースデザインに身を包み 見るからに伝統的な機械式腕時計のデザインを踏襲しているのが感じられるのです。 腕時計は長い歴史を持ち中にも高級腕時計はスイス国経済を支えるほどの産業でもありますからデザイン的に洗練されているのは論を俟ちませんが しかしスマートウォッチとして見れば同時に良くある感が否めませんし悪く言えばデザイン的模倣ともいえるでしょう。 其処には 、己、所謂 アイデンティティ が感じられないのが物足りなくも思えます。

機械式腕時計が其の機能を実現する構造から基本的に正円デザインが決定されているのに対し 実際ウェアラブル・コンピュータと目されるスマートウォッチはデザインに於いては 正円に拘る必要もない自由を手に入れている筈であるにも関わらず 機械式腕時計のデザインを踏襲するのは折角手に入れた自由を自ら放棄しているようなものです。 蓋し自由の行使には束縛の元にあるより大きな労力を必要とするのでしょう。 此の一見効率的な経済行為がAndroidスマートウォッチの魅力を一つ落としているような気がしないでもありません。

一方スマートウォッチの代表たる可く鳴り物入りで登場したアップル社の Appleアップル Watchウオッチ は今如何なる状況にあるでしょうか。 本ブログにもApple Watchが iWatch と呼び親しまれた発表以前から注目して以下の如き記事を配信して来ました。

そして2016年9月7日には Apple Watch Series2iPhone7 と共にアップル社のスペシャルイベントにて華々しく発表されました。 其の基調講演で Timティム・ Cookクック氏がApple Watchがロレックスに続く第2番目のウオッチメーカーの位置を占める 以下の如き腕時計ランキングを誇らしくも示したのはアップル社の矜持を物語るでしょう。

  • Rolex
  • Apple Watch
  • Fossil
  • Omega
  • Cartier
  • Citizen
  • Seiko
  • Patek Philippe
  • Longines
  • Tissot
  • Casio

現在シリーズ2が発表されたばかりですがデザインは ちょうど2年前の2014年9月9日に発表、発売された初代のデザインを踏襲しています。 其れは正円では勿論なく、機械式腕時計に屡々見られる樽型でも楕円形でも 正方形や、長方形、でもありません。 Apple Watchは 角丸 形状を呈しているのです。

アップル社の共同創設者である Steveスティーブ・ Jobsジョブズ に心から信頼され今はアップル社で 最高デザイン責任者Chief Design Officer 、即ち CDO の肩書きを持つ Jonathanジョナサン・ Iveアイブ氏がApple Watchのデザインに強い影響力を有しているのは論を俟たないでしょう。 彼の雑誌インタビューを取り上げたブログ Acenumber Technical Issues の2012年2月13日の記事 ジョナサン・アイブ氏インタビュー~カーサブルータス’12年3月号 には信条とするシンプルについて以下引用のように語られています。

私たちは、ほかの方法を取るのが不可能であり、 完全に必然性があるといえる、 本当にシンプルなプロダクトを作りたいと思っているのです。

加えて忌むべきものを以下の如く拒絶して迄もいます。

"市場にしっぽを振るようなデザイン"といった余計なものを完全に排除したいとおもっているからです。

彼の此の 必然性のデザイン とでも呼ぶべき哲学は今回のアップル社のスペシャルイベントで発表された新型iPhoneの 黒系統のブラック、ジェットブラックにも見られます。 此れ等アンテナの樹脂部分が同系色でまとめられれば まるで一枚のスレートであるかの如く見えるように工夫されているのです。 スティーブ・ジョブズ在りし日に世に送り出されたiPhoneが タッチ画面以外に何も有さない唯の一枚の板のようなシンプルさを突き詰めたデザインの流れを襲っているのが読み取れます。 iPhoneの基本的なデザインコンセプトを更に進化させた形と言ってもでしょう。 其れは凡そ機械式腕時計に於いては文字盤があっての基本正円のデザインが取られるのと相似形を為しているようです。 ではスマートウオッチであるApple Watchからはどのような彼のデザイン哲学が読み取れるでしょうか。

Walterウォルター・ Isaacsonアイザックソン氏の手になる スティーブ・ジョブズ I ではスティーブ・ジョブズ氏を一言で アートとテクノロジーの交差点に立つ と評します。 世の中エアー取材などが流行っているようですが此の書籍は伝記に定評のあるアイザックソン氏が ジョブズ氏から直接自らの伝記の執筆の依頼を受け書かれたもので 此れを良く物語っている少々訳有りのジョブズ氏の娘さんの名前 Lisaリサ に関する挿話も記されています。 画期的パーソナルコンピュータとなる初代 Macintoshマッキントッシュ のパイロットタイプとなった開発機にジョブズ氏が名付けたのが リサ だったのですが訳有りの事情を汲んだ周囲は別の意味を其の名に与えていました。 此の件に関するアイザックソン氏の取材にジョブズ氏自ら事も無げに 「僕の娘にちなんだ名前に決まってるじゃないか」 と答えたとの話はジョブズ氏のパーソナリティと共に彼に直接回答を求めた本書の特性をも良く物語っています。 さて本書にはもう一つ興味深い挿話が記されています。

初代マッキントッシュを開発中の或る日、平方根非サポートの環境下で円や楕円を描画するアルゴリズムを披露する Billビル・ Atkinsonアトキンソン に誰もが感嘆する中スティーブ・ジョブズ氏だけは違ったと言います。 スティーブ・ジョブズ Iから 以下に引用しましょう。

「円や楕円はいいけど、角を丸めた長方形は描けるのかい?」
アトキンソンは、
「そこまでする必要はないでしょう」
と、やろうとしてもほぼ無理だと説明した。グラフィックスのルーチンはどうしても必要な基本機能に抑えてスリム化したいと思っていたからだ。
「角を丸めた長方形はそこいらじゅうにあるんだぞ!」
ジョブズはさっと立って声を荒らげる。
「この部屋を見てみろ!」
ジョブズは、ホワイトボードにテーブルトップなど、角を丸めた長方形のものを次々とゆびさす。
「外に出ればもっとたくさんある。どこを見てもあるくらいだ!」
こう言うとアトキンソンを連れ出し、車の窓にビルボード広告、道路標識などをゆびさしてゆく。ジョブズによると、3ブロックほど歩くあいだに17個の実例を見つけたという。アトキンソンが納得するまで、それを次々と指摘したのだ。
「駐車禁止の標識を示されたところで言いましたよ。『わかりました。降参します。角を丸めた長方形を基本命令として用意します』と」

蓋し街中を連れ回され世の中に真四角なものなどなく殆どは角丸に処理されているとスティーブジョブズに説得されてビルアトキンスンが苦労して以来 角丸はアップル社のアイデンティティでありました。 ジョニー・アイブ氏は恐らく此のアップル社のDNAとも言えるデザイン哲学を意図的にApple Watchに継承せしめているのではないかと考えます。 Apple Watchには角丸形を成す確たり斯くたる理由がある のです。

この他にも幾つか今に生きているアップル社のDNAが スティーブ・ジョブズ I からは読み取れます。 其の一つは ジョブズ氏はスムースなスクロールにも情熱を傾けた、 なる記載でインターフェースに於いてはユーザーの感じる心地良さが譲れぬ条件とされているもので 此れは初代マッキントッシュの開発での挿話ですが 明らかにiPhoneの開発にも盛り込まれている必須条件です。 そして本ブログ記事の最後には 虹色の新アップルロゴのあしらわれたアップルIIのパンフレットに記されたレオナルド・ダ・ヴィンチのものとされる格言 を記し置きましょう。
洗練を突きつめると簡潔になる

追記(2017年12月5日)

世界を変えたスマートフォンの代表たるiPhoneが誕生してから10年が経ち 10周年を記念すべく次の10年を見据えたモデルとして満を持してアップル社が世に問う iPhone Xテン が遂に先月は2017年11月3日に発売されました。 先ず目を惹くのは此れ迄iPhoneの基本スタイルとして踏襲されてきたホームボタンは廃止され 画面が端末全体に広がったことでしょう。 此れに関しては凡そ巷間メディアに取り上げられる処ですが、 言及されない点が一点有るかに感じられるのは此の稿の主題とした 角丸 についてです。

iPhone Xの角丸の有機ELディスプレイ
角丸のiPhone X端末全体を覆うように広げられたため有機ELディスプレイにも角丸が現れている

従来iPhoneは端末デザインにも角丸が当然の如く採用されて来ましたが、 液晶画面については四角く区切られたものでした。 処が今回登場のiPhone Xではホームボタンを廃止し、 画面を端末の際迄広げたために端末全体の形状の影響を画面形状も受けざるを得ません。 従ってiPhone Xに於いては画面迄が遂に角丸を採用するに至ったのでした。

アップル社の特徴としてはアイデアが如何に素晴らしくとも実装の為の技術が実現可能な段階に熟す迄辛抱強く待てる体質があります。 画面の角を丸める迄端末全体に広げるには如何しても有機ELディスプレイが必要でした。 何となれば有機ELパネルは液晶パネルと異なり折り曲げが可能であるからで、 此の特性を利用してiPhone Xでは有機ELパネルは端末の際で折り曲げられ 見えない部分でパネルの端子を実装している[※1] のでした。 徒らに湾曲したパネルをユーザーに見せるのではなくディスプレイは飽く迄平面とし、 端末の際迄画面を広げるのに其の特性を利用する手法には驚きを禁じ得ません。 技術をお披露目する為にデザインで修飾するのではなく正しく洗練を突き詰めた簡潔さを求めたデザインの為に技術が用いられているのでした。 此の一点を見てもアップル社が次の10年を見据えた旗艦とiPhone Xを称すのは実に得心の行く処です。 斯う迄して実現されるべき角丸は矢張りアップル社のアイデンディティとして宜しいのではないかと改めて感じます。

参考URL(※)
  1. iPhoneX最速レビュー、使って分かった超進化。 「全面ディスプレー」がすべての始まりだった(OCEANS:2017年11月9日)
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