アホみたいに高いジャガー・ルクルト・レベルソ・ジャイロトゥールビヨン2~姿勢差とトゥールビヨン

いまだ腕時計の時代足らぬ懐中時計の時代から 時計の正確さを阻害する要因として 姿勢差 がありました。 極々微細な機械式腕時計の構造であれば重力でさえ影響を与え得る事態は 然し其の小宇宙に新たなる機構を齎し得ました。 時計の世界を200年進めしめたと言われる天才 アブラアム・ルイ・ブレゲAbraham-Louis Breguet) の考案になる トゥールビヨンTourbillon) です。

時計が据え置きから携帯性を獲得すれば 必然的に重力に対する位置関係は時々刻々と変化せざるを得ません。 文字盤が上を向くときもあれば下を向くときもあるでしょう、 12時が天を指す時もあれば、地を指す時もあるでしょう、 脱進器に及ぼされる重力の向きは最早一定しないのでした。

時計に等時性を担保するのは振り子の原理であり 振り子の周期は振り子の振幅にも重りの質量にも関わらず唯に支点から重りの距離に依存する、 と言うものです。 時計の構造に時刻を刻む心臓部である 脱進器だっしんき に振り子の役目を果たす振動子 天府てんぷ に於いては 天真てんしん が支点を 天輪てんわ が重りの役目を為し、重りと支点を繋ぐ紐帯の役目を ヒゲゼンマイ が為しています。 姿勢差は此れ等と重力方向の関係の流動性から齎されます。

例えばヒゲゼンマイは支点と重りを繋ぐ紐帯ちゅうたいとして等時性を担保する要ともなれば 時計の正確さに大きな影響を与えるのは容易に想像されますが、 彼のブレゲ氏はヒゲゼンマイの外側を上に持ち上げる所謂 ブレゲカーブ を与えて其の偏芯運動を削減せしめて姿勢差を軽減した〔※1〕 と言います。 此の如き心を砕いた氏であれば更に進んで 何某かの姿勢差への対策を講じない筈も有りませんでした。

しこうして氏が生み出した機構がトゥールビヨンでありました。 脱進器が時計に直付けされることで重力の影響を受けてしまうのなら、 其れに流動性を持たせてしまったら好い勘定です。 脱進器は時計本体に対して回転運動をすることで 姿勢差を平均させ相殺してしまおう、と言う目論見でした。

しかし此の構造は勢い複雑化せざるを得ません。 唯さえ時計の心臓部たる脱進器が可変構造ともなるのでしたから、 設計こそ同様なれ下手に工作すれば返って正確性に悪影響を齎さないとも限らず、 部品の工作制度にも工作者の熟練度にも高い要請が求められたのです。

レベルソ・ジャイロトゥールビヨン 2(ジャガー・ルクルト Eブティック:スクリーンショット)
レベルソ・ジャイロトゥールビヨン 2(ジャガー・ルクルト Eブティック:スクリーンショット)

機械式腕時計に於いては 複雑機構 が珍重されブランパン(Blancpain)サイト〔※2〕 に様々紹介されてもいますが大凡は以下の機構に代表されるもののようです。

  • パーペチュアルカレンダー
  • トゥールビヨン
  • クロノグラフ
  • ミニッツリピーター

此れ等機構を複数搭載する腕時計を グランドコンプリケーション とも呼び、中にもトゥールビヨンは其れ等の代表ともされる機構とされたのでした。 従ってこそリシャール・ミルでは複雑機構の代名詞、 トゥールビヨンをほぼ標準装備としてブランド価値を高めようとした〔K1〕 のでしょう。

21世紀となり、トゥールビヨンの時計本体に対する可変性を2次元のみならず フランク・ミュラー(FRANCK MULLER) を筆頭として3次元で実現する腕時計も登場〔※3〕 して来ました。 考えてみればトゥールビヨンの考案された懐中時計ならぬ腕時計の時代にあっては 其の姿勢は更に千差万別、立体的なものとなれば、 3次元空間上に脱進器と重力の関係は平均されねばならぬのは容易に推測出来ます。

頃日、此のトゥールビヨン機構を採用し、 其のモデル名にも冠す腕時計に3次元トゥールビヨンが 球体のケージ内に息衝く様が人気のテレビ番組で見られました。 マツコ・デラックス女史と関ジャニ村上信吾君との遣り取りも軽妙な日本テレビ系の深夜番組 月曜から夜ふかし の2013年9月24日の放送分に於いてです。

此の放送回では アホみたいに高い商品が気になる件PART2 なるコーナーが企画され以前の放送にPART1で紹介された 3足3万1,500円の靴下や3ロール5,000円のトイレットペーパー、 1式231万円の布団などに引き続いて驚くべき高額商品が紹介されました。 5枚入り2,100円のあぶらとり紙であり、 3箱3,150円のティッシュペーパーであり、 F1マシンと同じ素材製のサイコロは2箇で49,875円、 そして石鹸1箇が10万500円と孰れ劣らぬ通常価格から飛び抜けた商品群の其の中で 最も高額な商品として取りを飾ったのがスイスの高級腕時計メーカー ジャガー・ルクルトJaeger-LeCoultre) の レベルソ・ジャイロトゥールビヨン2Reverso Gyrotourbillon 2) だったのでした。

テロップに流された紹介文は 重力で時計の針が狂わない特殊な作り、 スイスで生産された世界に75本しかない限定品 とされていました。 煌びやかに輝く其の腕時計を一瞥してマツコ女史が値段をえげつない、 と予想するのは10万の石鹸の後に登場すれば当然でしょう、 村上君と共に白手袋着用で扱います。 容易に高価格が予想されながらもぞんざいな村上君の 特製スタンドからの腕時計の取り外しにたこ焼きじゃないのよ、と叱り付けるマツコ女史、 手に取った村上君の第一声は、 あ、重た!めっちゃ重たい! と言う率直な感想は未だ手に取るに至らぬ向きには役立つ情報でもありました。

村上君から怖がりながらも受け取ったマツコ女史は腕時計を覗き込むや否や目をき、 わ~!!と叫び声を上げてスタジオのお客さんを驚かせます。 マツコ女史に思わず叫ばしめたものこそ何あろう、緩やかに回転する球体の篭に収まった 円筒形のヒゲゼンマイも特徴的な脱進器、そう、トゥールビヨンでした。

一昔前に大流行したジャイロ効果で回る地球ゴマの如く、 しかしゆっくりと立体的に自らの態を巡らす脱進器の精細なカラクリがマツコ女史をして驚愕せしめた レベルソ・ジャイロトゥールビヨン2を持参し、番組に協力したのはかたむき通信にも銀座店を扱った処の ザ・アワーグラス・ジャパン株式会社 では確かにリシュモングループ傘下のジャガー・ルクルト社のCEO JÉRÔME LAMBERTジェローム・ランベール) 氏とも親交の有る腕時計の有名店〔K2〕 にて、持参した担当者はマツコ女史に老舗かと問われて堂々と鸚鵡おうむ返しで肯定してみせたのを見て、 最早マツコ女史は其の値段を数千万円、家が買えるよ、と断言しました。 マツコ女史の予想は3,000万円、村上君の予想は1,800万円、と決定した時、 傍らの担当者を一瞥したマツコ女史が、鼻で笑ったわよ、と鋭い観察眼で指摘してみせました。 而して村上君がめくったレベルソ・ジャイロトゥールビヨン2の名札の裏に書かれた値段は 3,200万円であったのでした。

時価3,200万円、世界に75本しか存在しない此のジャガー・ルクルトの逸品超高級腕時計を 村上君が担当者へ、売れてるんですか?と尋ねれば、勿論でございます、 と間髪置かぬ返答にスタジオ内に感嘆とも悲鳴とも付かぬ声が観客其々から漏れ併さって響き渡ります。 コーナー冒頭にマツコ女史から腕時計が大好物なのだと聞かされていたからには、 担当者は驚きの余り首をすくめている村上君に、 まだお求めいただけるかと思いますので…と緩やかに営業を仕掛ければ、 なんで俺見て言った?と呆れたと言うか苦々しくと言うか、笑うしかない村上君でしたが、 加勢とばかりにマツコ女史も村上君へジワジワと、 司会仕事の際の着用を仄めかしては左腕を押し出し見せびらかす仕草をして見せれば、 村上君の突っ込みと場内の笑いを誘うのでした。

Reverso photo credit: Mark Doliner
Reverso photo credit: Mark Doliner

ジャガー・ルクルトに於いては レベルソ は1931年の初代から現代迄連綿と繋がる筆頭モデルで 角形のダイヤルケースが反転する特徴を有すのは、 現在よりは脆弱なダイヤルの透明カバーを傷付けぬ配慮の現出であり、 ポロ競技を時計に傷付けることを気にせず楽しめるようにとの 或る将校からの要請で誕生した、と言う レベルソ伝説まことしやかに言い伝えられているそうです。

元は斯様かようにダイヤルカバー保護の為の機構が孰れ転じて 裏表を返す機能はまた様々に活用もされました。 時には一つのムーブメントで2つの時を刻むGMT〔K3〕 として機能し、 時には右の写真に見られる如く昼夜に、 フォーマル、アンフォーマルにデザインを切り替える洒脱さを演出〔※4〕 しても見せるのでした。 斯うして見ればジャガー・ルクルトが3次元トゥールビヨンを搭載する超高級腕時計のベースとして レベルソを選定したのは当然と言えるでしょう。

其の華麗な球体トゥールビヨンの動く様はネットにも動画で共有されており〔※5〕 流石レベルソらしくケースの反転した際にも勿論 トゥールビヨンの鼓動を窺える構造であるのが分かります。 以下に当該モデル REF.2332420 の機械式手巻ムーブメント cal.174 の仕様をジャガー・ルクルトのサイト〔P1〕 から抜粋し記し置きます。

  • パワーリザーブ:50時間
  • 部品数:371個
  • 厚さ:11.25mm
  • 石数:58個

1969年に発売されたセイコー アストロン〔K4〕 を皮切りに世界を席捲したクォーツショックから愈々腕時計の精度は増し、 現代には電波時計に原子時計と最早 うるう 秒が社会に深刻な被害を齎す〔K5〕 迄になっています。 其の中では如何に技術が進めど機械式の腕時計には 例えトゥールビヨンと言う類稀なる発想を用いようとも 其の精度差は如何ともし難くあります。

誕生時には正確性の為であった機構は 無論姿勢差に与って力はあるものの今や其処に在る価値は大きなものではありません。 しかしまるで生き物の心臓の如く鼓動する此の動きを目の当たりにすれば 見る者をして感動を禁じ得ないのもまた確かでしょう。 其処には精緻で確かな腕を持つ職人の作り出した圧倒的小宇宙が存在するのでした。 斯くしてトゥールビヨンは価値を持ち続けるのです。

追記 (2017年4月30日)
AFPBB News がジャガー・ルクルトのマーケティングディレクター ステファン・ベルモンStephane Belmont)氏へのトゥールビヨンに関するインタビューを YouTubeに2016年10月21日付で共有してくれていますので下に埋め込みおきます。

ジャイロトゥールビヨンの凄さに迫る The Evolution of the Gyrotourbillon by Jaeger-LeCoultre

インタビュー中にはジャイロたる由縁の複雑な3次元動作のシミュレーションを可能にするコンピュータを用いた設計や ケージ素材にアルミニウムを用いていること、 ジャイロトゥールビヨン1から2への進化は振動数が3Hzから4Hzへと増加及びインナーキャリッジの回転速度の高速化などが語られ 最新のジャイロトゥールビヨン3にも言及されるなど興味深いものとなっています。

使用写真(P)
  1. レベルソ・ジャイロトゥールビヨン 2(ジャガー・ルクルト Eブティック:スクリーンショット)
  2. Reverso( photo credit: Mark Doliner via Flickr cc
かたむき通信参照記事(K)
  1. リシャール・ミルの超高級腕時計に採用されるカーボンナノチューブ素材(2013年9月14日)
  2. ケンコバさん憧れの宇部里香さんは銀座高級時計店アワーグラス店員さん~スイス時計界の重鎮達(2012年6月9日)
  3. グランドセイコーに4本目の針を携えてメカニカルGMT10周年(2012年10月29日)
  4. 世界初クウォーツムーブメント35SQ~世界にショックを与え日本を一躍腕時計界の中心に至らしめたセイコーアストロン(2012年8月25日)
  5. 閏(うるう)秒はやはり数々の問題を引き起こしていた(2012年7月2日)
参考URL(※)
  1. ひげゼンマイ・ワークショップ:A. Lange & Söhne(ランゲ&ゾーネ)(a-ls時計blog.:2013年8月21日)
  2. 複雑機構(Blancpain)
  3. “複雑時計ルネサンス”で花開いたトゥールビヨンの新世紀(Gressive)
  4. 多芸多才なジャガー・ルクルト「レベルソ」(All About:男の腕時計:2007年03月20日)
  5. Jaeger-LeCoultre - Reverso Gyrotourbillon 2(ニコニコ動画:GINZA:2008年8月30日)
スポンサー
スポンサー