内視鏡市場に圧倒的な強みを活かすオリンパスはソニーと提携

不祥事の相次いだ オリンパス株式会社 もついにソニーとの提携と言うことで手打ちとなったようで、 かたむき通信の提言するテルモとの合併、カメラ事業のソニーへの売却[K1] は実現なりませんでした。 固よりこの提言はオリンパスの解体を前提とするもので、 オリンパス社に受け入れられるものでは有りませんでしたし、 受け入れずに済む強みを持つからこそ、 この苦境下にも自らの選択を推し進められたのでしょう。

オリンパスは幾つかの企業から秋波を送られながら、 その去就をはっきりさせはしません[K2] でした。 但し胸中ソニーを意中の企業と目していたのでしょう。 ソニーであれば十分な出資を得られると共に己がアイデンティティも保ち得るとの判断です。 そして2012年9月28日に至りソニー社と連名の公式プレスリリースの配信[※1] にて、ソニーとの本業務提携契約及び資本提携契約を明らかにしました。

本業務は医療事業とカメラ事業であり、 資本提携ではオリンパスの第三者割当増資に於ける 普通株式価額1株1,454円の発行株の割当先をソニー社とし、 割当後のソニー所有の議決権割合は11.46%、 発行済み株式総数に対する割合は11.28%になるものと発表されました。

此れに依ってソニーはオリンパスに約500億円を出資、筆頭株主となることになります。 またこの時同時に両社が今年12月に医療事業における合弁会社を設立する予定であることも発表され、 当該合弁会社はソニーの連結子会社とされます。 この関連記者会見が当初の予定通り本日2012年10月1日に オリンパス代表取締役社長執行役員笹宏行氏、 ソニー代表執行役社長兼CEO平井一夫氏の両社長出席の下に開催[※2] されました。

実はオリンパスのこのソニーとの提携は株主無視[※3] との声も上がっています。 即ち株主連の主張としては株式の希釈化が1割を超える資本注入より、 経営陣の刷新とコスト削減を求めたい処であったのに関わらず、 オリンパスの浮世離れした経営体質が温存されてしまっているからです。 名目上、経営陣は入れ替えら得ましたが、 社長は同社執行役員だった笹宏行氏であり、会長はメーンバンクの幹部だった人物が起用されたとあっては 内部の恣意的な人事であり、外部から徹底的に見直された 透明性を増した経営は望むべくもないと言う訳です。

オリンパスが株主の意向に背き、更には自己のアイデンティティを保ち得る選択を押し通せたのは 一重に同社が将来有望な市場に圧倒的シェアを築いていることに依るのだと考えます。

オリンパスの不祥事が発覚してからは 医療事業の顧客である医師である人々からオリンパス外しが検討[※4] されました。 不透明で私服を肥やすメーカーの機器に人の命を預かる医師団が不安を覚えるのは当然でしょう。 しかし内視鏡に圧倒的シェアを誇る同社外しは適わぬ目論見でした。

オリンパスの内視鏡に於ける全世界での市場シェアは圧倒的で 2007年時点では70%で2位HOYA(ペンタックス)及び3位フジノン(富士フィルム)の4%が 及ぶべくもない差を付けている数字[※5] があります。 そしてまた2011年末のシェアは2500億円市場で75%(1875億円)[※3] とされてもいます。

オリンパス社内に於いてはしかし内視鏡は世界に7割のシェアを占めると言えど、 社内での事業別売り上げシェアに於いて2割を占めるに過ぎないと言いデータ[※6] もあります。 内視鏡シェアを全世界で出来るだけ高く見積もっても5,000億円、その70%では3,500億円に過ぎず 1兆円企業として地歩を築きたいオリンパスのメイン事業には据えられないとする見方です。

ただ医療事業はこれからの伸びが大きく期待されている分野でも有ります。 当然ソニーが500億円を出資する狙いも其処にあるのでした。 株式会社グローバルインフォメーションが提示したデータ[※7] では内視鏡検査装置の世界市場規模は2011年に248億米ドル、 2012年9月の日本円に換算して1兆9,300億円、 この市場規模が今後5年間に年平均成長率6.4%で拡大、 2016年には337億米ドルに達すると予測されています 即ち日本円で2兆6,200億円です。 内視鏡装置の4分の1を内視鏡市場が占めると2011年のデータから見れば、 内視鏡市場は6,500億円に達する順調な伸びを示す有料市場であるのが見て取れます。 この市場に75%のシェアを握ったままならば4,875億円の売り上げが見込め、 1兆円企業としてもその半分を賄い得る勘定になるのでした。

ソニーとてその企業全体としては好調とは言い難い状況にあるのは かたむき通信にも度々伝える処ですが、 オリンパスも株主から不満の声の上がり、 これらが優良な市場を巡って些か魑魅魍魎の跋扈する様相を呈して来ました。 それにしても企業に於いて優良市場に圧倒的なシェアを持つことは それが如何に顧客に反目されようとも 動かしがたい競争優位性になることがはっきり分かる今回の事案ではあります。

追記(2019年6月7日)

医療事業合弁会社 ソニー・オリンパスメディカルソリューションズ株式会社 の設立とオリンパス社の創立百周年について、 2012年9月15日の記事 オリンパスがソニーとの資本提携報道に対しデジャビュの如きプレスリリース配信 に追記しました。

追記(2019年11月14日)

オリンパス社が先月2019年10月18日に八王子市の技術歴史館 瑞古洞ずいこどうオリンパスミュージアム としてリニューアルし、メディア向け内覧会を催しましたのは産経新聞などの伝える処にて、 自社Webサイトに於いても2019年10月10日付で当該ニュースリリース[※8] を発行してもいます。 Webサイトに於いて此のミュージアムを紹介するページ[※9] に於いては「1919年に顕微鏡の製造・販売」から事業を開始し、 「現在は医療機器メーカーへと変貌を遂げ」たとあるのを見れば、 本記事に記す内視鏡が如何に当該社の主力事業であるかを知れるでしょう。 消化器内視鏡2018年市場実績に於いても首位となる世界シェア70%以上を誇る旨は、 2019年5月28日付のIR情報[※10] にも見えます。 内視鏡研究の開始に関してはオリンパスミュージアムWebページにも情報 がありますが、個人名などは記されてはいません。 しかし、日本に於いてこそ本格化し、人類の健康に大いに寄与した此の研究に関しての資料は各所に見られる必然性があります。 内視鏡の黎明期に特化したWebサイト 胃カメラを知っていますか も其の一つですし、開発主の一人である 杉浦睦夫すぎうらむつお を生んだ、浜松市東区々役所のまちづくり推進課が編集、発行した 『東区の文化誌 東方見聞録ダイジェスト版』(以下、本書)も其の一冊です。 本書には第5章として「郷土の偉人編」が割かれ、 杉浦も天竜川の治水に尽くした 金原明善きんぱらめいぜん やテレビの開発者 高柳健次郎たかやなぎけんじろう などと共に取り上げられています。 本書には20頁に胃癌の早期発見と言う希求を抱く一人の戦場帰りの外科医 宇治達郎うじたつお が胃カメラの共同開発を申し出た際にオリンパス社に在籍したのが杉浦でした。 後に参加した 深海正治ふかうみまさはる と三人でのプロジェクトが組まれ胃カメラ開発は開始され、 昭和25(1950)年、遂に事は成就し、昭和27(1952)年には実用化され、 今のファイバースコープをも包含する内視鏡に繋がるのでした。 杉浦はオリンパス退社後に精密機械企業に顧問として迎えられ、 其の後設立したのが、現在も医用、工業用光学機器メーカーとして事業を営む 杉浦研究所 であり、オリンパス社と共に杉浦の志しを今に繋いでおり、 Webサイト「胃カメラを知っていますか」は 杉浦研究所の肝煎で運営されています。

追記(2019年11月24日)

世界初の胃カメラを開発し、現在ではオリンパス社の屋台骨を支える内視鏡事業の端緒を開いた浜松出身の偉人、 杉浦を調べる内に母校である中ノ町小学校に顕彰コーナーが設けられているのを耳にして、2019年11月15日、同校を訪れて来ました。

中ノ町小学校、中ノ町の由来は江戸時代東海道に於いてちょうど江戸と京都の真ん中に位置したため(2019年11月15日撮影)
中ノ町小学校、中ノ町の由来は江戸時代東海道に於いてちょうど江戸と京都の真ん中に位置したため(2019年11月15日撮影)
杉浦も目にしたであろう学校創立時に玄関に植えられていた千代の松は今も正門傍に見事な樹勢を誇っている(2019年11月15日撮影)
杉浦も目にしたであろう学校創立時に玄関に植えられていた千代の松は今も正門傍に見事な樹勢を誇っている(2019年11月15日撮影)
中ノ町小学校郷土資料室扉(2019年11月15日撮影)
中ノ町小学校郷土資料室扉(2019年11月15日撮影)

同校を訪れ、趣旨を告げると教頭先生がご対応下さり、郷土資料室に案内されました。 中ノ町小学校郷土資料室には、 中ノ町小学校の歴史や同校卒業生の顕彰コーナーが設られ、 一瞥するだに豊な歴史と共に貴重な資料の数々の存在を感じ取れます。 大正時代の木造校舎写真は勿論貴重ですし、当時の鬼瓦には「学」の旧字が配われるのに加え、 水神社などに屡々見られる「水」字や其の角字も用いられているのは、如何にも天竜川の水運に利すると共に水害に苦労した中ノ町地区の学校であるのが知られ、 中にも木造校舎時代を証言する貴重な棟札が確り保存されていたのには感心させられました。

中ノ町小学校の木造校舎当時の写真パネル(2019年11月15日撮影)
中ノ町小学校の木造校舎当時の写真パネル(2019年11月15日撮影)
木造校舎当時の鬼瓦、「学」字の他に「水」字が見えるのが中ノ町の特徴を表している(2019年11月15日撮影)
木造校舎当時の鬼瓦、「学」字の他に「水」字が見えるのが中ノ町の特徴を表している(2019年11月15日撮影)
木造校舎の棟札、「大正拾参年壹月貮拾六日上棟/中ノ町小學校教室/桁行参拾四間梁間五間参尺五寸」などの記録が分かる貴重な資料(2019年11月15日撮影)
木造校舎の棟札、「大正拾参年壹月貮拾六日上棟/中ノ町小學校教室/桁行参拾四間梁間五間参尺五寸」などの記録が分かる貴重な資料(2019年11月15日撮影)

中ノ町小学校は現在浜松市東区中野町に区分けされています。 浜松市立天竜公民館の編集した書籍『わがまち文化誌~天竜川と東海道』には、 「三、近世の村のうつりかわり」が章立てられ「各町の歴史と町名の由来」が記載される中の26頁に中野町が項目立てられています。 由来の件を以下に引用しましょう。

地名の由来は東海道の江戸と京との中間に当るところから中の町」といわれたもので『東海道名所図会』には 「京江戸行程同里、町屋村という、又中之町ともなづく。天竜川の西端なり。京江戸の真中と聞きて狂歌をよめる。大鵬の鳥なら馬や竹輿人らず両の翼に六十里づゝ、班竹」とある。 明治二十二年になって近隣の各村が合併し、新しい中ノ町村が発足した。 この新村発足時に中野町村は新しい中ノ町村の大字中野町となった。 明治二十九年から浜名郡に移り、昭和二十九年市に合併し、大字はそのまま市の大字となり、昭和三十年 大字中野町と同大明神、同一色、それに萱場の大部分と松小池の一部をもって中野町が発足した。

東海道の江戸と京との中間に当るところから「中の町」と呼ばれた、と言うのは現在にも巷間屡々言われる処で、 『東海道名所図会』などで一般に普及しただろう名称だと思われますが、 其の東海道の中間と言う意味からすれば江戸時代発生の可能性が高く思われます。 また其の本来の意味からすれば、「の」の字は平仮名若しくは片仮名の「ノ」、又は「之」及び「乃」などの字が連体修飾格の機能を以て用いられる筈で、 「野」の字が用いられるのは違和感があるでしょう。 一体、中野町のの字は柳田国男に従えば日本に独特の地形を表し、 其れは山際に有って、天竜川が網の目の様に走る平野部には適当ではありません。 野原なる熟語が現代的感覚では共に同じく広い平地を表す類義語の並列で構成された言葉として捉えられる義のであれば、 其れはの字の新しい用法であると言えます。 此の河原部を表すかの様な用法も、『わがまち文化誌~天竜川と東海道』の引用部を見れば昭和の戦後に用いられ始めたとすれば合点がいかないでもありませんが、 何やら戦後の文化人連中の鼻持ちならない先進的意識が見え隠れもする微かなキナ臭さに些か顔を背けたくなりもし、 蓋し中ノ町小学校は其の名称に片仮名の「ノ」の字を用いて地名を守っているのは、好ましく思われた処でもあります。

閑話休題。 顕彰コーナーには、 教育者石山修平、洋画家村越義夫、サッカー選手藤ヶ谷陽介のものが設営され、 その一つが杉浦睦夫顕彰コーナーでした。 当該コーナーは最も展示スペースが割かれており、 其処には杉浦の開発した胃カメラのレプリカではなく現物が惜し気もなく展示され、 数々の杉浦を取り上げた新聞記事や冊子の切り抜きなどで彩られていました。 小学生には少々難しいかも知れませんが、 時を経れば孰れ其の価値に気付くでしょう。 杉浦も属する昭和五年に中ノ町尋常高等小学校を卒業した同級生の会である 昭五会 の肝煎で昭和62年に制作された杉浦の経歴と功績を顕彰するプレートも展示されています。

杉浦の開発した胃カメラの現物が惜し気もなく展示されている(2019年11月15日撮影)
杉浦の肖像と開発した胃カメラの写真パネル(2019年11月15日撮影)
昭五会による杉浦睦夫顕彰プレート一部(2019年11月15日撮影)

中ノ町小学校を辞する頃には折しもお昼休みを終える頃、 杉浦の後輩たる児童達がお昼ご飯の片付けをする元気な声が聞こえて来ました。 彼等の中から杉浦の後を継ぎ、医学に多大な貢献をする人物が育つかも知れず、と思いながら 玄関でお借りした下履から自分の靴に履き替えました。 此処に掲載する中ノ町小学校郷土資料室の写真の数々は、 訪問時、ご出張なされていた校長先生のご快諾を後日得たものです。

かたむき通信参照記事(K)
  1. オリンパスはテルモと経営統合の後、カメラ事業をソニーに売却が吉(2012年7月26日)
  2. オリンパスがソニーとの資本提携報道に対しデジャビュの如きプレスリリース配信(2012年9月15日)
参考URL(※)
  1. オリンパスとソニーの業務提携及び資本提携合意に関するお知らせ(オリンパス:2012年9月28日:PDFファイル201kB)
  2. オリンパスとソニー、両社長が会見--医療事業で大幅な利益確保を見込む(CNet Japan:2012年10月1日)
  3. オリンパスとソニーの提携、日本企業文化のしぶとさ示す(WSJ:2012年10月1日:2019年6月7日現在記事削除確認)
  4. 【オリンパスの医療事業】 不祥事発覚も盤石の内視鏡事業 “オリンパスはずし”が進まぬ理由(ダイヤモンドonline:数字で会社を読む第52回:2011年12月28日)
  5. 内視鏡(メディカルウェア)
  6. オリンパスの売上高比率 - 内視鏡のシェア2割(理経済:2011年12月25日)
  7. 内視鏡検査のグローバル市場は2016年には337億米ドルに達する(NEWS2YOU.net:2011年9月14日)
  8. オリンパスは10月12日、創立100周年を迎えます 10月11日「オリンパスミュージアム」、リニューアルオープン(オリンパス:2019年10月10日)
  9. オリンパスミュージアムの紹介(オリンパス)
  10. オリンパスの事業と成長戦略(オリンパス:2019年5月28日)
  11. 胃カメラの誕生(オリンパス)
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