挑戦者たち~書評~風雲児たちメイキング&エッセイ漫画

『挑戦者たち』みなもと太郎著

ナンセンス漫画と言うジャンルにはその描く漫画は文字通り意味なく笑えるものでありながら それを描く側には相当の知性が要求されるようです。 はらたいらに3,000点 で知られる人気クイズ番組、巨泉のクイズダービーの名回答者であった はらたいら さんは本来ナンセンス漫画の代表者ですが、 その正答率の高さから正解する回答者を当てるクイズダービーに於いては常にオッズは低く設定され クイズの最終問題では信頼と期待を担い回答者として指名されることも多いものでした。 はらたいらさんの前任枠の 黒鉄ヒロシ さんもそうでした。 従って漫画評論的な活躍をする いしかわじゅん さんのようなナンセンス漫画家も出て来るのでしょうし、 夏目漱石の嫡孫に当たる 夏目房之介 さんなどは漫画評論家ながら描いた漫画を見ればナンセンス漫画の香りも感じられます。

そのようなナンセンス漫画家の一人に数えても良いだろう みなもと太郎 (以下、著者)さんに於いては大作 風雲児たち は長編の到る所にギャグが散りばめられながらも この秀作が深い知性の産物であるのに異論のある向きもないでしょう。 因みにこの漫画の成り立ちは 幕末を描こうと思ったら関が原の合戦から始まってしまった と言うもので思わず噴出した秀作の中にも最高のギャグでした。

この著者が風雲児たちのスマッシュヒットで世間に好評を得たのもあるでしょう、 少年画報社に平成13年から連載執筆したのが本記事に紹介する 挑戦者たち (以下、本書)単行本一冊にまとめられた作品群でした。 滅法体力を削られる長編を続けた作者には短編読み切りもものしたかった意向もあったのかも知れません。 それはエッセイ漫画と読んで言い形態と取っています。 長編をものしたその作用はこのエッセイ漫画にも及ぶ処で 歴史的題材も扱われそれはとても楽しいものですが、 またこの一連の作品を介してみなもと太郎さんの作劇の原点ともなる 原風景や生い立ち、嗜好などが綴られ興味深いものですす。 大きな意味ではこの単行本は風雲児たちのメイキング漫画とも言えるのかも知れません。

各回各号に読み切り形式で連載された一覧が以下、 列挙します。

  1. 挑戦者たち(『斬鬼』3号:平成13年1月20日号:少年画報社)
  2. 暗殺者たち(『斬鬼』4号:平成13年5月5日号:少年画報社)
  3. 映画人たち(『斬鬼』5号:平成13年8月9日号:少年画報社)
  4. 続映画人たち(『斬鬼』7号:平成13年11月26日号:少年画報社)
  5. 蘭学者たち(『斬鬼』号8:平成14年1月18日号:少年画報社)
  6. 残照者たち(『斬鬼』9号:平成14年3月25日号:少年画報社)
  7. 映画人たち3(『斬鬼』10号:平成14年5月27日号:少年画報社)
  8. 感触者たち(『斬鬼』11号:平成14年7月29日号:少年画報社)
  9. 食いだおれ者たち(『斬鬼』12号:平成14年9月23日号:少年画報社)
  10. 島津伝(『斬鬼』13号:平成14年11月25日号:少年画報社)
  11. 日本任侠史(『劇画・ぶらいもん(別冊宝島525)』号:平成12年8月29日号:宝島社)
  12. 日本剣客伝(『ビッグコミック・SPECIAL増刊』号:平成14年12月1日号:小学館)

ものものしいタイトルも中にはありますが、 そこは著者一流のギャグが鏤められ、 ややもすれば暗く、重くなり勝ちな場面も見事に笑いに落とされたり、肩透かされたり、 ととても愉快に読み進められるものとなっています。

著者は歴史ものを手掛けるようになってからでしょうか、 愉快なお話の中にも薀蓄を読者に齎せるような作品を描いています。 それは決して押し付けたり上から目線でのものではなく、 楽しくお話しを読み進める内に自然に身につくような具合のもので 教科書がこのような出来であったらさぞ歴史好きが増えるだろうと思われるような 歴史薀蓄の語り部でもあるのでした。

そのような読後感を読者に齎すには豊かな知性とともに、 相当の史料の読み込みが必要とされた筈です。 そうであれば自然と物語に活かし切れないエピソードも蓄えられていく訳で、 それ等がこのエッセイ漫画には随所に鏤められており 些かメイキングの様相も呈している感を受けるのでした。 従って風雲児たちを読んだ読者にはお馴染みのキャラクターも そのままの態で随時登場すると言った状況が出来するので、 メイキングらしい楽しみ方も可能となっているのですが、 勿論、風雲児たちを未読の向きにも面白さは失われるものではありません。

幾つかそんな薀蓄を紹介すれば、リスト3の 映画人たち では、時代劇には平安時代とか、江戸時代とか、なになに時代と言うものはないんじゃ、 あるとすれば 時代劇時代 というものだけじゃ、 と言う些か不気味なトートロジーの如きギャグが放たれ、 リスト7の 映画人たち3 では、大顔の怪優 吉田義夫 氏が著者一人を観客に僅か30cmの距離から延々芝居を演じられたり、 田中耕一 氏がノーベル賞を受賞した際には、島津製作所とノーベル賞の関係のあるようなないような 内容の漫画、リスト10の 島津伝 を描いてみたりと、縦横無尽です。

上にピックアップしたエピソードにも 著者が育った京都の影響が色濃く反映しているのですが、 リスト6の 残照者たち 及びリスト8の 感触者たち には、行商系貸本屋と絹反物と言う一つの時代の終わりに立ち会った 著者が淡々と物語る中にそこはかとない寂寥感の漂う一編となったいます。

巻末2編は番外編的なもので、其の内前者のリスト11、 日本任侠史 も破茶滅茶なエピソードが盛り沢山でとても面白いものですが、次の 日本剣客伝 は日本史上に最強の剣士は誰か、と言う答えの出ない論戦に敢えて挑んだ一編で 長編を物する間に得た豊かな知識から数々の剣士の名が挙げられ、 実に興味深い一編となっています。

著者の導き出した日本史上最強の剣士は… 此処に記すのも野暮ですから孰れ興味の向きは本書をご覧いただきたいものですが、 ヒントを挙げればそれは幕末の剣士で二人の偉人の護衛役を見事勤め上げた人物です。 最強剣士の護衛を受けて命拾いした両人のその一人はかたむき通信に取り上げた 勝夢酔 〔K1〕 の出来の良い息子であり、もう一人は本書リスト1の 挑戦者たち の主役 ジョン万次郎です。

かたむき通信参照記事(K)
  1. 勝夢酔~安吾史譚書評~一生涯ガキ大将(2012年11月7日)
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