音と言うものはその高低に於いてさえ人界の可聴帯域に無限に広がります。
この音の高低、即ち
音程
に於いて一定の規則に基づいて約束事を設ければ忽ち音は再現性を持ち
音楽芸術の出来するものとなります。
此れを史上初めて成し遂げたのは誰あろう
本稿はギターのフレット溝を切るための計算をするための考察についてものした記事[K1] の続編の位置付けとなります。
1から始まり2、3、4、5、6、と一つづつ数を増やしていく数を我々は 自然数 と名付けたのは言い得て妙でした。 これは人間の感覚にも合致するものだったのです。 音の高低はその周波数、即ち波長に依ります。 その高低比を人間が自然と感じるものは実に単純な自然数比であるのでした。 此れを以て音の高低間の約束付けの基礎的考えとしたのが彼の ピタゴラス でありこの彼の作り上げた音律を ピタゴラス音律 と共に 自然音律 とも呼ぶ由縁です。
人間が音の高低を感じる際にその波長の比は単純であれば単純である程 これを美しいと表現するのか、荘厳さを感じるのかなどはさて置き、 認識し易いものとなるのは確かです。 最も単純な比である1はオクターブとなります。 自然数でこれを追えば次の2、3と来てその次の4は既に素数にあらず 2をその因数に持ちますから単純から遠くなります。 次の5は素数ではあるものの人間に取っては些か複雑になり過ぎるようです。
即ち簡単な自然数とは即ち2と3のことなのでした。 従ってピタゴラス音律に於いては2と3を構成要素として持つことになります。 2/3を順次掛け合わせて小さな波長を または3/2を順次掛け合わせて大きな波長を作り出していることとなるのです。
1 | 2/3 | 4/9 | 8/27 | 16/81 | 32/243 | 64/729 | 128/2187 | … |
1 | 3/2 | 9/4 | 27/8 | 81/16 | 243/32 | 729/64 | 2187/128 | … |
上表の上段には2/3を、下段には3/2を順次掛け合わせて示しています。 これらが元の波長である最左列の1に対して人間が響き合うと感じられる波長となる訳です。
処でこれ等は順次小さく、又は大きくなり過ぎますから 1/2より小さくなれば2を掛け合わせ 、 1より大きくなれば1/2を掛け合わせ て、オクターブの内に、即ち0.5以上1以下に収まるようにします。 すると以下のようになります。
1 | 2/3 | 8/9 | 16/27 | 64/81 | 128/243 | 512/729 | 2048/2187 | … |
1 | 3/4 | 9/16 | 27/32 | 81/124 | 243/256 | 729/1024 | 2187/4096 | … |
これを少数に直すと以下のようになります。
1 | 0.666… | 0.888… | 0.592… | 0.790… | 0.526… | 0.702… | 0.936… | … |
1 | 0.75 | 0.562… | 0.843… | 0.653… | 0.949… | 0.711… | 0.533… | … |
これを1,000倍して500から1000の間の数直線上にプロットしたのが以下の図になります。 少しは本稿の目的とする処のギターのフレット溝に近付いて来たのではないでしょうか。
此のピタゴラス音律に於いてその音階として採用されたものを 表には緑の背景に白地で、数直線には Do、Re、Mi、Fa、So、Ra、Si、Doで示しました。 数直線上の赤線は表に示された中にも採用されなかった波長比です。 此れを見れば一目瞭然、まるで現代のオクターブを12分割せしめたギター指版を髣髴させ、 ピタゴラス音階は其の中から抽出されたメジャースケールのようです。 音階に採用されない中にも謂わば半音階に相当する波長比は厳然と存在するのでした。
自然音律は平均律に於ける所謂メジャースケールを表すことになると例えれば これ以外にも赤ラインに音階の候補は例えばマイナースケールとしても合った訳で 128/243の代わりに9/16も考えられますが5度、 即ち2/3を整然と並べると言う法則に反したくなかったのかも知れません。 しかしその理屈で行くと良くある5度の音を重ねて行き星型の関係性を描く説明[※1] でもファ、即ち3/4の波長の5度上は2/3を乗じて1/2、即ちオクターブとなり 決してシ音にはならずファとシの間に断絶する感があるのは否めないようで、 自然音律に於いてはファのみ異質な感じを受けるものです。
完全5度、即ち2/3の波長比と言う整然たる理屈に裏打ちされるピタゴラス音律に従えば実は これを6回重ねれば全音階が出来し、 12回重なれば半音階が出来すると言うものです。 しかしこの規定に従えば何処まで音程がスパイラルに上ろうがオクターブと一致する点は見付けられません。 この誤差は ピタゴラスコンマ[※2] と呼ばれています。 ピアノの調律に於いては高音部は理論より幾分高く、 低音部には理論より幾分低く調整されるのは人間の可聴帯域の端部の齟齬もあるかも知れず、 この自然音律に近づくべく人の音感が求めるのかも知れません。 この環を閉じるために便宜上ファが位置付けらたようにも感じさせられますが、 音律、音階がなかなかに割り切れない問題を孕んでいるのはピタゴラスの昔から明白なのでした。 しかし個人的には整然とした理論の隙間に生じるこの小さな破綻が音楽に深みを与えている気もします。
ともあれ3/4が完全4度のファで、2/3が完全5度のソでありこの2つが上表中にも 最も左列に近い単純な数字の組み合わせであるのが見て取れれば この2つが何かしらの基点となるのは容易に合点が行くのは 何かしら音楽に携わった向きならば、特にギター奏者ならばスリーコードを思い浮かべれば 先ず以て首肯せしめられるものでしょう。
以上を以てピタゴラス音階に於いてはフレットは 上の表の比率で上の図の如き溝を引けば良いことになるのでした。 赤線迄含めてフレットを打ち、奏法に於いて採用する音階で以て ピタゴラス音階は現出せしめられるものとなります。
実に以て言葉を紙面に定着し戯作芸術を出来せしめた文字の如き役割を髣髴とさせる 人類初の音律は従って音の文字と言うべき存在であるでしょう。 この音の文字、音律を以て現代音楽芸術は出来せしめられているとも言えるのです。
稿も長くなりましたのでオクターブを如何に12分割するか迄辿り着けませんでしたが 今回も次稿に譲ることとします。 なかなかにギターのフレット溝を穿つだけでも単純にことは運ばないようです、悪しからず。
使用写真- Pytagoras( photo credit: Stifts- och landsbiblioteket i Skara via Flickr cc)
- ギターのフレット溝を切るための計算をする1(2012年9月19日)
- ギターのフレット溝を切るための計算をする2~ピタゴラス音律(2013年1月29日)
- ギターのフレット溝を切るための計算をする3~純正律~完全及び閉じた音律(2013年9月18日)