ピタゴラス音律[KG2] は人類に初めて音の文字たる音階を齎しました。 其の自然な音律はしかし自然として開放され過ぎたものでした。 オクターブはオクターブならずして、 調性毎に同名の音程は異なる音となるのでした。 自然の人に捉え切れぬのも宜成る哉と言うべきでしょう。
ピタゴラス音律は人間の捉え易い単純な整数比を用いて構成されました。 2と3です。 而して成立した音律が人として捉えがたい構造を持ったのも面白いものです。 しかしギターにフレット溝を穿つ[KG1] には些か不具合なのは謂う迄も有りません。
其処でこの音階達を閉じ込めてしまおうと試みられたのが 純正律 でした。 オクターブはオクターブとして同名の音程は常に周波数は倍となり、 尚且つ人の認識し易い単純な整数比で音階は構成される必要があります。 此処に導入されたのが2と3の次に単純な整数 5 であったのです。 何となれば4は2の倍数であり既に単純な整数の条件を逸脱しているからでした。 3の次の素数たる5に白羽の矢が立てられたのです。
一旦複雑として捨てられた5なる整数を再び採用するとなれば一挙に問題は解決に進みました。 以下にハ長調のDo、Re、Mi…の弦長をDoを1とした時の整数比で表したものを ピタゴラス音律と比較すべく表にしてみましょう。
- | Do | Re | Mi | Fa | Sol | La | Si | Do |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
自然律 | ||||||||
自然律 | 1 | 23/32 | 26/34 | 3/22 | 2/3 | 24/33 | 27/35 | 1/2 |
1 | 8/9 | 64/81 | 3/4 | 2/3 | 16/27 | 128/243 | 1/2 | |
純正律 | ||||||||
純正律 | 1 | 23/32 | 22/5 | 3/22 | 2/3 | 3/5 | 23/3x5 | 1/2 |
1 | 8/9 | 4/5 | 3/4 | 2/3 | 3/5 | 8/15 | 1/2 |
上の表を見れば純正律が如何にピタゴラス音律の複雑になり過ぎた部分を 5で以て置き換えているのかが一目瞭然です。 簡単な整数を用いた比と雖も冪乗が嵩み4に及べば其れは認識し易いとは言い難い証左の感もあります。 2と3に加えて5を用いれば冪乗も減じられて目にもシンプルな数列となるのが明白です。 5を以てして音の文字足る人の認識し易さへの寄与に一歩進んだ様子が表に顕現されています。
Doを基準にして前後に2と3と5と言う整数比の弦長を以て音階が並べられます。 其の純正律の数列が如何にして齎されているかは、弦長の関係が4対5の時は長3度上の、 2対3の時は完全5度上の音階となるように定められます。 参考に以下の図を供しましょう。
FaからDoへは弦長を2/3に減じますから、此の時の高いDoをDohとすれば其の弦長比は Fa:Doh=3:2 となり、また求めるDoとFaの弦長比をxとすれば、低いDoをDolとした時のFaとの弦長比は Fa:Dol=x:1 となりますから、変数Faを媒介にして両者を纏めれば以下の式になります。 x=Fa/Dol=(3・Doh/2)/Dol この時DolとDohの比はオクターブの関係にあり1:2ですから求めるxは以下の如くなるでしょう。 x=(3・Doh/2)/2Doh=3/4 また、LaはFaの3度上になりますからFaとの弦長比は4/5となり、上のDolとFaの関係に代入すれば La=(4/5)(3/4)・Dol=(3/5)Dol となるでしょう。
因みに此処でLaの基準がFaに求められているのは其れが長3度の関係にあるからです。 Laと高いDohの関係は短3度の関係となり、弦長比は4/5とはならないからなのでした。
- | Do | Re | Mi | Fa | Sol | La | Si | Do |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
自然律 | ||||||||
自然律 | 1 | 0.888… | 0.790… | 0.75 | 0.666… | 0.592… | 0.526… | 0.5 |
純正律 | ||||||||
純正律 | 1 | 0.888… | 0.8 | 0.75 | 0.666… | 0.6 | 0.533… | 0.5 |
純正律に於ける音階の関係をピタゴラス音律の時と同様、 図にする為、小数点に直してみたのが上の表になります。 上の表に基き下の図にはピタゴラス音律に於ける音階と同じ図上に純正音律の音階を表示してみました。
此の図を元に指板に溝を穿てば即ち純正率を奏でるギターフレットが構成されるのでした。 斯くて妙なる至高の和音は吾人の眼前に現出します。 純正律は音階を生み出す弦長を全て単純な整数比を以て求めたに依って 常に完璧な和音を生み出すのに成功したのでした。
処が此処に或る一つの重大な問題が出来します。 此の時基準はDoであり其れ以外は考えられなくなってしまうのです。 完璧な和音が奏でられるのは常に基準をDoに置いている時であって、 一度其れ以外の音階を基準に据えんとした時、 全ての秩序は崩れ去り、不調和としか言い様の無い調性が開始されてしまうのです。
ハ長調に於いて完璧な和音も基準が変えられ調が変じた時には 組み合わせられる弦長の比は単純な整数比ではなくなってしまうのでした。 基準は絶対的にDoであり、ReやMiでは有り得ず、 此れは即ち転調、移調の困難であることを意味しています。 ギターに於いては一度フレット溝を穿てば其の調以外の演奏は禁じられ セーハも許されなければ最早ギターはギター足り得ないでしょう。
転調、移調が難しいのは系として閉じている音律とも言えます。 完璧なるも変化に乏しければ吾人に物足らぬものとなるのは必定でしょう。 斯くして更なる音律への渇仰は継続せしめられるのでした。
本記事に漸く純正律迄辿り着きましたが ギターの指板に溝を穿つには未だ先が有りました。 此の先は再び次稿に譲ることにします。
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