グランドセイコー規格~世界に冠たる腕時計クォリティ認定

セイコーのトップブランドたる グランドセイコー がグランドセイコーたる由縁はその規格をパスしなければその名を名乗れない グランドセイコー規格 にこそ有りました。 セイコー 社独自の自社に於いてのみ用いられる規格ではありますが、 世界でも最も厳しい腕時計に於ける品質認定でもあるのです。 それは先日かたむき通信にものした書評記事[K1] に取り上げた雑誌に こだわりのクォリティ認定編 の筆頭に取り上げられるのでも分かります。

初代グランドセイコーが誕生したのは1960年、 当時は未だスイス製腕時計に追い着き追い越さんのが目標とあって クォリティ認定に於いても世界最高水準であり、世界標準とも言える スイスのニューシャテル天文台クロノメーターコンクール合格を目指したものでした。 しかし徐々に世界レベルを凌駕しつつあったグランドセイコーは 遂にこのコンクールをその独占に依って終了せしめ、 自らに独自の規格を制定することになります。 グランドセイコー規格です。

世界最高水準に比肩するものの無くなったセイコーは其の時にコンクール基準に合格した腕時計を 他社は性能を競うための特注品として扱う中、一般に販売し世界を驚愕させたのでした。 1969年及び70年に合格した153台のムーブメントは Cal.4580 、商品名は45グランドセイコーV.F.A.とされこのV.F.A.は Very Fine Adjusted を意味し月差±1分という当時には究極と言える高精度を実現していました。 これこそが1969年に制定された初のグランドセイコー規格である グランドセイコーV.F.A.規格 でした。

しかし自ら巻き起こしたクォーツショックの影響で 一旦は機械式最高峰のグランドセイコーはセイコーのラインナップから姿を消します。 そしてクォーツ腕時計の盟主たる同社から最高峰のクォーツ時計を目指して発売された1988年、 グランドセイコーと共にグランドセイコー規格が復活しました。 更にはその10年後、1998年、多くの機械式ムーブメントに対する後押しの声を受け、 満を持して復活したのが機械式グランドセイコー規格だったのです。

その厳しい規格はセイコーを以てしても復活は容易ならざるものでした。 なんとなればその製造には20年もの停止期間が経過し、 当時活躍した熟練技術者は既に引退、 嘗て世界の頂点にあった機械式腕時計の製造技術を継承する者が セイコー社内にも殆ど残されていなかったのです。 掲げた規格はその状況下にも関わらず志の高いもの、 従って現行の中級機用などの社内資産は用を成さず、 ムーブメントは自ずから新設計へと決定されました。

新設計のムーブメント開発は困難を極めました。 理論的な突き詰めは勿論のこと、 今は引退した嘗ての熟練技術者、設計者に教えを請うに足を棒にし 1990年代半ばに決定されてから数年を経た1998年深秋に 機械式グランドセイコー規格を満たすムーブメントが漸く完成したのです。 これこそが9S系ムーブメントの嚆矢 9S5系 でした。

この4年後、2002年にはグランドセイコーにも画期の4本目の針を携えて メカニカルGMT が登場したのはかたむき通信にも取り扱った処です。[K2] この際にはムーブメントは9S5系であったのですが、 10周年モデルには9S66が搭載されています。

この9S6系ムーブメントが開発されたのはそれから4年を経た2006年でした。 この時の新開発ムーブメントが 9S67 です。 これは機械式グランドセイコーの新たなる一歩でした。 72時間の長時間駆動を実現するためにはシングルバレル構造の 限界を余儀なくされました。 この際発売されたのがメカニカル自動巻き3DAYSでした。

更に3年を経た2009年には遂に 9S85 の開発がなります。 新開発の動力ぜんまいとひげゼンマイ、脱進機を搭載した自動巻10振動ムーブメントは 何と41年振りのことでもありました。 この際発売されたのがメカニカルハイビート36000でした。

下に1998年に制定された新グランドセイコー規格を記し置きましょう。

  • 規格:新GS規格
  • 制定年:1998年
  • 平均日差:+5.0~-3.0秒/日
  • 平均日較差:1.8秒/日以下
  • 最大日較差:4.0秒/日以下
  • 垂直水平差:+8.0~-6.0秒/日
  • 最大姿勢偏差:8.0秒/日以下
  • 第一温度係数:±0.5秒/日/℃
  • 第二温度係数:±0.5秒/日/℃
    (携帯着用時に近い温度範囲)
  • 復元差:±5.0秒/日
  • 検定姿勢数:6姿勢
    (12時上方向を追加)
  • 検定温度:8,23,38℃
  • 検定日数:17日間

最初のグランドセイコー規格に於いては検定期間は15日間でしたが、 新グランドセイコー規格では検定日数は17日間に拡張されています。 この規格に達しない製品をセイコーが世に出すことはありません。 そしてその数値の厳しさ以上に 6姿勢差第二温度係数 などユーザーの利用環境を鑑みた基準が設けられているのは 唯にコンクールに優秀な成績を収めるのが目的ではない、 ブランドコンセプトの 実用時計の最高峰 を目指すグランドセイコーの姿勢の現れでもあります。

なお、1988年のグランドセイコー復活以降に製作された グランドセイコーのムーブメントは現在2012年11月時点に於いて その全てが生産を継続しているのもグランドセイコーの信頼性を 疑うべくも無い高みへと導くのに寄与しています。

追記(2013年5月8日)

45グランドセイコーV.F.A.について修理をした経緯と内容の記される貴重な2007年1月22日の記事[※1] がありました。 其のイソザキ時計宝石店のブログ記事に依れば2006年12月の話しであるようです。 当該腕時計はセイコー社の機械式腕時計の技術が頂点を極めた1970年に 第二精工舎の技術陣が開発したものであり、 恐らくは 野村 氏、 井比 氏を中心とした名工が組み立て、精度調整した旨記されるなど、 具体的個人名に及び実に興味深いものです。

追記(2018年11月14日)

本記事に記した処のグランドセイコーのキャリバー 9S 系の組立てには勿論、卓越した技能が必要です。 況してやグランドセイコー規格に耐え得ねばならないのですから尚更です。 盛岡セイコー工業 雫石高級時計工房伊藤勉いとうつとむ 氏も 組立師 のお一方として此のグランドセイコー規格を支えておられ、 セイコーのwebサイトではインタビュー記事[※2] に氏の一面を窺い知ることが出来ます。 氏は現在、資格として 1級時計修理技能士いわて機械時計士 IWマイスター を保持されていますが、 今回、資格の範疇を超える更なる栄誉を受け取られることとなりました。 厚生労働省定める処の平成30年度の 卓越した技能者(現代の名工)[※3] の一人として表彰されたのでした。 各メディアも挙って此の報を伝えており、 ウォッチライフを楽しむ時計総合ニュースサイトの Watch Life News でも其れは一般にて記事[※4] が昨日2018年11月13日付けで配信されています。 今回の伊藤氏の表彰はグランドセイコーをグランドセイコー たらしめるグランドセイコー規格の根本、 キャリバー9S系の組立師を以てすれば、快挙と言うより当然の仕儀なのでしょう。

かたむき通信参照記事(K)
  1. パワーウォッチ vol.64~書評~機械式腕時計の薀蓄(2012年11月7日)
  2. グランドセイコーに4本目の針を携えてメカニカルGMT10周年(2012年10月29日)
参考URL(※)
  1. 続時計の小話・第34話(セイコー・ニューシャテル・天文台クロノメーター) (イソザキ時計宝石店 BLOG:2007年1月22日)
  2. 雫石高級時計工房 組立師 伊藤 勉(セイコーウオッチ Seiko Since 1881 <時の技>)
  3. 「卓越した技能者(現代の名工)」表彰制度のコーナー(厚生労働省)
  4. 盛岡セイコー工業の伊藤 勉氏が平成30年度の現代の名工(卓越した技能者)に(Power Watch/Watch Life News:2018年11月13日)
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