追い詰められたディスプレイ事業に誘発せらる呉越同舟

その凋落振りは奈落の底へ沈んでいく感もある日本家電メーカーの 特に今迄屋台骨を支えてきたテレビ事業に於いては目を覆うものがあります。

Acenumber Technical Issues ブログでは日本ハイテクものづくりに立ち込める暗雲を伝え、 その一つが2012年2月28日の記事[※1] ですが、この 暗雲立ち込めるハイテクものづくり なる段には日本を支えてきたハイテクメーカーでも ソニー、パナソニック、シャープ、NECなど多くのトップ企業が 赤字の憂き目に遇っている状況を記しています。

ソニーでは2012年5月10日の決算発表に伴う加藤CFOが 2013年3月期のテレビ事業について縮小するとは謂え 800億円 と言う巨額の赤字となる旨、言及しています。

その翌日2012年5月11日に発表されたパナソニックの2012年3月期連結決算では、 最終損益が 7721億円 の赤字とされ、これは国内製造業としては過去最大の赤字額です。

この状況を打開せんとしてか両社が 有機ELテレビ事業に於ける提携を考慮した交渉を開始している情報が明らかになりました。 これを報じたのは ウォールストリートジャーナル の2012年5月15日の関係者の話を伝える記事[※2] です。

WSJ記事に依ればこの情報は状況に詳しい複数の関係者から齎されたもので、 交渉の中心は有機ELテレビ事業の生産や製造技術開発での提携可能性を探るものだと言います。 しかし交渉は依然、準備段階に過ぎず、 交渉の決裂もしくは他の企業が提携に加わる可能性も残っていると言いますから、 まだまだ海のものとも山のものとも付かない段階です。

ソニーもパナソニックも今期は テレビ事業に改善の意気込みを見せるコメントを発表していますが、 些かその手法は不透明であることは確かです。

若しかしたら今回の有機ELテレビ事業が隠し玉として用意されていての 改善見込み発言だったのかも知れません。 しかしこの提携が既に成立したもので開発済みの画期的製品が現物としてあれば 実際今期の改善の見込みもないではないでしょうが、 そうでない限りリストラやコスト削減など、 売上向上に拠る目標達成の望みは薄いように思わされます。

テレビ事業は単に従来のテレビ機能を持つだけでは、 それが薄くなろうと綺麗になろうと、 最早コモディティ化しており廉くならない限りその分野に於ける勝利はないでしょう。 恐らく今両社に必要とされているのは、 アップル社が携帯電話に於いてiPhoneでなし得た如き、テレビの再発明なのです。 今回の提携、有機ELと言う素材を媒介にその達成を果たしてくれることを望んで已みません。

追記1(2018年2月21日)

本記事配信時に記した通り日本家電業界の両雄、ソニーとパナソニックの協業も一年も経ずして虚しく失敗に終わりました。 其の後有機ELディスプレイ産業は韓国勢の独壇場となったのは周知かと思われます。 しかしソニー社は諦めていませんでした。 再起を賭けた再参入の報が 「王の帰還の夢 と些か皮肉交じりにも思われる標題と共に 中央日報 社から齎された[※3] のが去年2017年5月10日でした。 其の際の意外な一手は敗北を認めた韓国LG社制から有機ELパネルの供給を受けると言うものでした。 負けを認めたからこそ打てた一手とも言えるでしょう。 同じくパナソニック社も同様の一手を打っており此処でも呉越同舟の感が窺われるのが興味深い処です。 さて、では同じ供給元からのディスプレイであれば性能も同様かと言えば然にあらず、 との面を解説してくれている記事[※4] もITジャーナリスト 本田雅一 氏の文責にてLG社、東芝社の製品との比較が考察された上、配信されています。 本田氏に依れば各社製品には其々大きな違いがあるとされる其の絵作りに於いては人気や売行きに差が出てくるのは必定です。 従って齎された現在の結果を含めた記事[※5] がまた中央日報社から本日2018年2月21日に配信されました。 驚異的な伸びを示す有機ELテレビ市場でも特に3,000ドル以上のプレミアム製品のシェアに於いてソニーが44%を占め首位に躍り出たと言うのです。 韓国寄りの中央日報社にはLG社の立場からの警戒が記されますが、 謂わば肉を切らせて骨を断つ、苦肉の策と言ったソニーの一手が現在功を奏している状況があり、 まだまだテレビ市場に於いて4.5%に過ぎない有機ELテレビ市場の中でも特にプレミアム市場での一現象とは言え、 中低価格市場に於ける施策、有機ELディスプレイの再内製化、 など今後の展開が興味深くもなって来ました。

追記2(2020年7月1日)

本記事に配信したのは有機ELディスプレイに関しての呉越同舟と其れが泥舟と化した惨状でした。 ディスプレイ事業を切り離した当の本体にもソニー社などは復活の様子が見られますが、 蜥蜴の尻尾宜しく切り離した事業の赤字を税金に任せて身を軽くした面も有る勘定ですから、決して手放しでは喜べません。 しかし本邦に呉越同舟と相成ったのは有機ELディスプレイのみならず、小型ディスプレイの事業分野にしても同様の事態が惹起されていました。 ジャパンディスプレイ です。 日の丸液晶 とも称される同じ船に乗り合わせた陣容は ソニー、東芝、日立、パナソニック、エプソン、サンヨー[※6]、シャープ、京セラ、三菱電機、 などなど昭和の御世であれば錚々たる顔触れですが、 2012年4月1日に事業活動を開始したとあれば平成も終盤に近付く平成24年の船出であり、 其処に嘗ての勢いも見られぬ面々となれば覇を競った相手との同舟も辞さないのでした。 造船を担ったのはルネサスエレクトロニクス[※7] 救済にも携わり、些か評判芳しからぬ産業革新機構(現株式会社INCJ[※8] ) です。 官民ファンドたる当機構が携われば造船費用は税金持ちとなるからで、 救済の意味合いも強ければ投資成績は決して好調とは言えないからでした。 不安は杞憂には済まず、ジャパンディスプレイ社について昨日、そして本日2020年7月1日と6年連続の赤字の報道が、 NHK、朝日、毎日、日経、そしてロイター[※9] と各メディアから続々と齎されています。 斯くして本追記冒頭に泥舟と表現したものです。

各メディア記事に拠れば、同社の2020年3月期連結決算に於いては減収減益にて最終損益が1,014億円の赤字と発表されました。 しかし此れは去年末から或る種予測されたものでした。 IT業界の大立者、 中島聡さん(@snakajima) の2019年12月1日、そして27日の辛辣なTweetを以下に埋め込めましょう。

埋め込み最後のTweetのリンク先のHUFFPOSTの記事は現在削除されていますが、 「ジャパンディスプレイ、iPhone向けの主力工場をシャープに売却へ」なる題目で同日2019年12月27日に配信された記事でした。 経営の芳しく無い同社の石川県白山市に擁する白山工場を、 鴻海ほんはい精密工業傘下となり復興著しいシャープ社に売却し資金を調達する旨の報道にて、 同日付の朝日新聞の記事[※10] が同種の内容であればリンクを貼り置きましょう。 シャープ社は、今年2020年3月25日にNECのディスプレー事業を買収[※11] して、サムスン、LGを追撃する世界シェア3位の位置を占めるお膳立てとしての買収劇でもありました。 此れを受けてシャープ背後のアップル社との連携に依るジャパンディスプレイ社救済に於いては、 同社に後がない[※12] とも言われる状況ともなっていたのでした。 此れ等、様々な救済を受けての6年連続赤字との今回の発表ですから、 昭和の優良企業戦士も、平成、令和と移り行く中で厳しい競争を勝ち抜いたIT業界から見れば、 今や、ぬるま湯に茹でられている様にしか見えないのかも知れません。 ジャパンディスプレイはディスプレイ事業は最早レッドオーシャンにてブルーオーシャンたるヘルスケア関連事業への参入も併せて発表しています。 本追記が如き事態を招いた経営陣に果たして新規目論見が達成出来るや否や、予断を許しません。

追記3(2021年7月1日)

本記事への配信も虚しく僅か一年を経ずして泥舟と化したソニーとパナソニックの 呉越同舟号 は沈むかに見えて、しかし漸く息を繋ぎ、志を繋ぎ、航海を継続していました。 株式会社JOLED (ジェイオーレッド)です。 韓国企業との低価格競争に敗れて凋落の引き金が引かれ本体から切り離され大海を漂い始めた呉越同舟号は、 一旦ジャパンディスプレイ号を名乗るもののちょうど一年前、 追記2に記した如き操舵過失に失態を演じ泥舟の様相を呈したのでしたが、 呉越同舟号の主たる乗組員の一部を成すソニーとパナソニックの有機EL開発部門は、 2015年に産業革新機構の肝煎りでジャパンディスプレイから切り離され新呉越同舟 ジェイオーレッド号 として大海を再び漂い初めていたのです。 従って社名にも有機ELを示すOLEDオーレッドに、 日本を示す接頭辞のJジェイが重ねられているのでした。

一体、ソニパナ呉越同舟号が泥舟と化した要因の一つは廉価競争の敗北にありました。 対して、JOLEDが呉越同舟号のエンジンとして研究開発を重ねて来たのは、従来の蒸着方式にあらずして 印刷方式 に特化した有機ELディスプレイの量産です。 印刷方式の蒸着方式に対する優位性の一つこそ低廉な生産コストにあり、 量産が実現すればジェイオーレッド号は価格優位性という推進力を得るのでした。

そして今年2021年春、3月29日に其の日はやって来ました。 世界初となる印刷方式での有機ELディスプレイの量産ラインからブランド名 OLEDIOオレディオTM を以て製品が出荷[※13] され始めたのです。 パナソニックに胚胎した技術がソニーとの呉越同舟号に2015年、エンジンとして搭載され、 2017年にはパイロットラインでの生産、2019年には量産ラインに於けるサンプルの試作、と歩を着実に進め、 そして今年2021年、漸く日の目を見たのでした。

量産に乗せられたOLEDIOに関しては「AV Watch」に阿部邦弘氏の文責で有用な記事[※14] が配信されています。 株式会社JOLEDを訪れ、OLEDIOの映像を実際に体験した上で、 製品事業本部第1応用技術部応用技術課々長の 宮下裕文 氏にインタビューを実施した記事で、其の名も TRIPRINTトリプリント と称す、何やらソニーの往年のブランド名を想起せしめる、 独自印刷技術の詳細が知れます。 宮下氏自身はパナソニック出身にて長年印刷技術の確立に携わる技術者で、 前記した価格優位性に加え、性能及びサイズ拡張性の優位性も説明されます。 実際にOLEDIOの写し出す映像を目にした阿部氏は、 「量販店で展示されているような同型ディスプレイとは、比較にならない表示品質に目を奪われる。」 とも 「OLEDIOの表示性能は今存在する自発光パネルの中で間違いなくトップレベルにあると感じる。」 とも表現しています。

斯くも期待せざるを得ない情報を植え付けられては、 パナソニ呉越同舟号の躍進は疑うべからざるものとも感じられますが、 しかし、此の如き素性に優れる有機EL印刷生産方式に、他企業が指を咥えて見ているだけの筈がなく、 今や多くの参入が伝えられてもいます。 世界に先駆ける此の量産化が世界のディスプレイ業界に今後どのような状況を齎すのか、 呉越同舟号の航海と共に期待しつつ、興味深く見守りたく思うところです。

参考URL(※)
  1. エルピーダ倒産とルネサスエレクトロニクス(Acenumber Technical Issues:2012年2月28日)
  2. 「王の帰還」の夢…ソニー、有機ELテレビ市場に7年ぶり再挑戦(中央日報:2017年5月10日)
  3. ソニーとパナソニック、有機ELテレビ事業で提携視野に交渉開始=関係者(The Wall Street Journal:2019年2月27日現在記事削除確認)
  4. 【本田雅一のAVTrends】4社の有機ELテレビを評価する。映画のソニー、色のパナ、OLED本家LG、地デジは東芝(AV Watch:2017年6月23日)
  5. SONY、プレミアム有機ELテレビ市場シェア1位…LGに脅威(中央日報:2018年2月21日)
  6. 消えるサンヨーブランド(かたむき通信:2012年12月14日)
  7. ルネサス社リストラ1万人超~否定の報道以上に拡大(かたむき通信:2012年5月26日)
  8. 産業革新機構肝煎りリチウムイオン電池事業の統合策情報出来(かたむき通信:2013年1月27日)
  9. JDI、売上高15―20%減の予想 スマホ・自動車向け減少(ロイター:2020年6月30日)
  10. JDI、iPhone向け主力工場をシャープに売却へ(朝日新聞デジタル:2019年12月27日)
  11. シャープ、NECのディスプレー事業買収 92億円(日本経済新聞:2020年3月25日)
  12. 後がないJDI、シャープ・アップル連合で救えるか 救世主になるのか、「モノを聞くファンド」いちごアセット(JBpress:2020年1月1日)
  13. JOLED、有機ELディスプレイOLEDIOTMの製品出荷を開始(JOLEDプレスリリース:2021年3月29日)
  14. 世界初量産化、ソニー&パナの資産宿る印刷方式「OLEDIO」とは何か(AV Watch:2021年5月28日)
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