本田宗一郎スピードに生きる~書評後編~俺の考え方

その第1部が全く以て愉快な前半生記となっているのを書評記事の前編 〔K1〕 として起こしたのは 本田宗一郎 氏(以下、著者)が昭和36年(1961)上梓し、 その貴重性、有用性を鑑み2006年に復刊された スピードに生きる (以下、本書)でした。 本記事は第1部に語られた著者の哲学、考え方が存分に記された第2部、第3部について 概要や感じた旨など再び書評として起こすものです。

第1部にその要諦は著者の生涯を一言で言い表せと強いられたなら用いられるべき語句である スピード にあるとしました。 本書のタイトルに冠せられるものでもあります。 同時に第2部に於いては アイデア が、第3部に於いては 反二宮尊徳 を部章を通底する語句であるとして上げた処です。 第2部、3部に於いては刊行迄に著者が著したものを一つにまとめて この語句骨子に基づき部構成に由り選り分けたような内容となっており、 組織とのトップとしての発言たるホンダ社の社報なども交えられれば 幾分説教臭さに嗅ぎ取られる部分もあるのは、 本来著者の薫陶を受けた面々は怒声より先にスパナが飛んで来たと言いますから 著者の考えをその憂き目に遭わずして窺い知れるとなれば先ずは致し方なし。

第2部 経営とアイデア にはアイデアを骨子として構成された著者の文責をまとめた部で 経営に関して第1部の本能的に著者の欲するスピード経営と言う骨格に、 アイデアと称する技術及び科学と言う肉付けの垣間見える内容となっています。

第1部には金言は当のご本人に聞くに如くは無しとして引き合いに挙げた 今や世界一の時価総額を誇るアップル社の創業者にして救世主 スティーブ・ジョブズSteve Jobs) 氏その人が全く参考にしたのではないかと思える程の内容が記されています。 それは市場調査を全く蔑視している件です。 即ち新しいものの開拓に市場調査など役に立たないのはものの道理です。 マーケットインに偏重した時代にプロダクトアウトで一石を投じた ジョブズ氏に通ずる主張が昭和の其処には其の儘述べられているのが 全くジョブズ氏が著者を手本にしたのではないかと思える程ですが、 共に超絶個性的なカリスマのこととて元来その如き個性を有する人物の オリジナリティーを尊重するのは辿るに自然な道であるのかも知れません。

そんな市場調査なんぞと言うものよりも 重要とされるのが本書の骨子たるスピードとも関連深い時間、 延いてはタイミングとして取り上げられ、 なんとなれば製品に時代の要求が加味されて始めて商品となるのである、 と喝破、これを著者独特の言い回しで 6日の菖蒲、10日の菊 ではしょうがない、名医も臨終後では藪医者に劣る、と 酸いも甘いも噛み分けた人生を感じさせる絶妙の例えを用いて主張されます。

この他にも第2部には枚挙に暇ない著者の経営に関する考え方が著され、 現在にも全く色褪せない箴言となり得るのは 全く著者の名経営者ある証左ともなるものです。 以下に幾つか其れ等を頁数と共に挙げておきましょう。

  • 自社の生産する一台、一台が自社の全技術と全信用を担う一台であり、 その一台がお客様に取っての自社全てであるに由って、 製品はどうしても120%の良品でなければならない。(102頁)
  • 二輪業界に二輪車だけが商売仇にあらず、 なんとなれば人の取る給料は一緒にて必要度のうんと高いものが発明されると そちらへどんどんお金が流れてしまうからである。(116頁)
  • 理論の基づく各人のアイデア、即ち創意工夫を尊重する処に進歩発展があり、 例えば人事管理にしても清水次郎長が大政小政を用いた封建的親分子分的方法では 近代工業は成り立たない。(123頁)
  • 現地人を採用せよ。 設けるなら人も喜んで自分も喜べるように正々堂々と儲けよ。 みみっちいがめつい商売なんて金輪際ご免である。(168頁)

116頁の属する業界他社のみが競争相手にあらず、なる主張は 現在様々な業界、例えばテレビやカメラ、出版、家電量販店などが インターネットやスマートフォンと言う新世代の旗手たる面々に蚕食されているのを思えば 猶以て色褪せない輝きを放っているのは疑い得ません。 以上まだまだそのホンダ経営の要旨が述べられますが、 それは本書を直接読む読者の委ねましょう。 第2部には自身が鑑みる4つの大きな決断も以下の如く記されます。 以下を心得た上で第1部を通読するのもまた一つの手として推奨します。

  1. 東京アート商会への丁稚奉公
  2. 自動車修理工場からの脱却
  3. ピストンリング製造の開始
  4. 一か八かの工作機械の輸入

第3部 私の生き方・考え方 とあれば如何にも抹香臭くなるのは必定ですが、 其処は世界一のバイクメーカーと築いた当のご本人が 自転車にバイクをつけるのもまた然り (185頁)などとバイクをエンジンの意で用いる大らかさを見せ、 続く段には欧州に寄生虫を煩い往生こいた話しなども盛り込まれれば 何やら滑稽めくのも著者の人格でしょう。

さてこの第3部に通底するのは此処に記すのも気が退けてしまう程に表出する 反二宮尊徳 姿勢です。 誤解を招かぬよう記せば、二宮尊徳その為人や業績を貶めるものではなく 学校校庭にはお馴染みの薪を背負って歩きながら読書する姿が鋳出された銅像に象徴される考え方で 本書191頁にははっきりと 二宮尊徳の勤倹貯蓄の精神はご免こうむる。 と記されてもいます。 なんでもかでも勤倹貯蓄の旗印に掲げ銀行に金ばかり預けて何も拵えず 食べるものも食べないでやっていたって一つも進歩は出てこない、 消費しなかったらえらいことになる、と言った塩梅です。

独国の愛国心の強さを挙げ国産品偏愛が喧嘩の元で 而して独国は近隣との戦争が絶えないのだ、とし此処に 道徳というものはだいたい私は損得から出ていると思う。 とするのですから何か悪いことをされたのかと思うくらい徹底的に 反二宮尊徳 姿勢が貫かれるのは些か可笑しみさえ感じられる程です。

本書冒頭 序によせて ののっけに記されるのは 私は本を読むのが嫌いな男だ。 とあり、これも反二宮尊徳的精神かと思えば本記事から外れるものの 第1部の少年時代の思い出に悪童行為を為した以外に取り組んだのは 機会を弄りまわすことと 立川文庫の耽読 とありますからどうにもあてにはなりゃしません。 此処等辺りが伝記作家が為すものと違って整合性に構ったりしないご本人直録たる所以ですが、 矢張り二宮尊徳ではなくその人物像に象徴される何某かに強い反感を抱いているのは明らかで それが何者であるかはこれもまた本記事を読む 本書の未来の読者たる読者に委ねましょう。 恐らくそれが第3部の骨子であるのです。 因みに著者は軽くですが本部に耶蘇様とお釈迦様にも触れています。

著者の哲学に反するのか単に不愉快な目に頻繁に遭わされたためなのかは知らず 嫌悪する具体的職業についても語られるのは ジャーナリスト で、これを 切り捨て御免族 と揶揄し困る文化人とやらにも最悪の人種として言及し、 彼等の科学なり機械なりに弱いのが先ずはお気に召しません。 人工衛星や月ロケットが上がったその時は派手に太鼓を叩くが直ぐ忘れてしまって後が続かない、 と著者が述べる処は何だか頃日 山中伸弥 教授ノーベル賞受賞に話題の iPS細胞 にも似通った傾向の見られる処であるような気が強くします。

他にも第1部のキーワードたるスピードと関連深い時間については此処でも 時間券 が金兌換券に取って代わる持論と言うより確信(191頁)が述べられたり、 道路が込むのはクルマが多いのではなく車のスピードが遅いせいだ、 と言う視点で無闇矢鱈と道路を拵えるな(201頁)と役人諸氏に物申したりする 愉快千万な哲学集となっている第3部です。

今や売上の10兆円前後で推移する大企業の 本田技研工業株式会社 も本書が上梓せられた昭和の御世には未だ50億円を超えた程度でしたが 破竹の勢いを有す企業でもありました。 その礎足りえた偉大なる著者が当時同社の顔として 野武士の様な大胆不敵さと凄みと面白みを兼ね備えた様子が髣髴ともされる本書であり、 同時に一個人としての著者には実に親しみを感じられる一書でもあります。

かたむき通信参照記事(K)
  1. 本田宗一郎スピードに生きる~書評前編~破天荒半生記(2012年12月1日)
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