エネルギー効率化と比例性『Googleクラウドの核心』書評中編

縁の下の力持ちとしてポストPC時代を力強く支えるクラウドの中核たる WSC(Warehouse Scale Computer) についてその数少ない実践者たるGoogleの技術者の手により書かれたのが日経BP社から上梓される Googleクラウドの核心 にてかたむき通信にその書評の 前編 を配信しました。 其処に取り上げたのはWSCへの理解を深めるための序章の イントロダクション 部とその次章 負荷とソフトウェア基盤 でしたが、本記事は中篇としての以下の3章分を扱うものです。

Baloons at the entrance photo credit by Charleston's TheDigitel
Baloons at the entrance photo credit by Charleston's TheDigitel
  1. ハードウェアの構成要素
  2. データセンターの基礎
  3. エネルギーと電力の効率

その主要な眼目をなすのが記事題目の エネルギー効率化エネルギー比例性 とになります。

本書に印象的なのはGoogleと言うインターネット純血の出自を持つ情報産業企業体が 今古典的で物理的存在の権化のような電力と格闘していることであり、 元々インターネット上のWebサービス提供企業に過ぎず虚業にも近く思われていた企業が 今や物理的社会インフラと必死に格闘しなければならないと言う状況です。 これと逆なのが例えば日本のNTTドコモは本来インフラ屋であるべきなのに サービサーと言う虚業に現を抜かしていることで、 また日本の家電メーカーが等しく技術を軽んじた結果物理的取り組みから遠く離脱し、 空ろなマーケティングだのアプリだのUIだのと曰ひ始め凋落が招かれているのが象徴的です。

本来は日本の家電メーカーこそ此処でGoogleが取り組む電力等の インフラへ真摯に取り組むことが必要だったのであり、 其れに由り苦境に苦しむ中に活路は開かれたとの意を強くされるのが、 前編で扱った章立てに続く第3章がハードウェア関連の内容となっていることにあります。 それは費用対効果に終始するものとなっているのですが、 日本メーカーの得意分野であるのは言う迄もなく、 返す返すもこの方面に注力されなかった状況が悔やまれます。

本書には勿論日本メーカーに対する言及などはなく WSCを運営するに於いて必須の費用対効果の考察を淡々と述べるもので、 其処には現実問題に直面する技術者の口から漏れるハードウェアへの切なる要望が垣間見えます。 WSCに於いて費用対効果とは購入額に対してどれだけパフォーマンスを発揮してくれるか、 を問うもので端的には応答速度が分かり易い指標でしょう。 ハードウェアに求められる要請を此処に汲み取り取り組む姿勢は 例えば日本電機メーカーにも重要なものとなる筈です。

Goolgeはその創業時から一般消費者向けの機材を用いてサーバー運営していたのは有名な話しですが、 それは伝統として現在巨大なデータセンターを扱う身となった今でも 業務用のハイエンドサーバーならぬローエンドの機材をWSCの主要素として用いているのが知れます。 創業時にはその選択は必要に駆られてのものもあったでしょうが むしろ直感的なものであった気配が強くあります。 その選択が充分な資金を得られた現在でも同じ方針の延長線上にあるのは興味深いものでしょう。

この方針が受け継がれる理由が本書には理屈で以て説明されています。 その説明には充分納得の行くものがなされてはいますが、 Googleの社風の反映と考えても無理のない処のように思われます。 理屈を以て経営的に最良の選択肢が選ばれていると言う主張が実は 己の直感を信じ邁進する頑固な方針と表裏一体のもの、 と考えながら第3章を言い訳がましさを密かに感じながら読むのもまた 読者の自由にて一興かと思います。 著者は通常3~4年とされるサーバー寿命を全うせず設計が最適でなくなる可能性に言及しますが、 恐らくはGoogleが運営するWSCにはローエンド機材が 使われ続けるものとの予感が強められる章でもあります。

続く データセンターの基礎 に関しての第4章ではデータセンターたる基本的な構成が解説され それは巨大なエネルギー消費体であることが示されます。 専ら電力と冷却にページの割かれ、 現在のデータセンターの際立った特性の一つとして深く読者に印象付けられるものです。 本書上梓時点でGoogleが特許を有するコンテナ型データセンターが取得の2年後には既に 最新で高いエネルギー効率を有したシステムとして運用されている言及もなされており、 Googleが如何にこの分野に力を注いでいるかが垣間見えます。 これと前章のハードウェアを受け全体効率を考える第5章に繋げられる本書の構造となっています。

エネルギーと電力の効率 と題される第5章は従って本書核心の核とも言うべき章で 章立ての中にも最もページが割かれるものとなっています。 エネルギー効率管理については従来モバイル環境に重点が置かれて来たのは感覚としても肯けるものです。 逆にデータセンターなどでは等閑にされて来ました。 しかし今やエネルギー効率化はデータセンターにおける焦眉の問題となっています。 殊に巨大なデータを扱うGoogleでは実務上も急務の課題とされ、 従って本書の要諦をなすことともなっています。 それにしても物質的実態を持たない情報を扱う業務に 物質の権化のような電力のそれも巨大なものが必須とされ 必要に駆られて高効率化を目指すのは面白いものです。 Googleは現時点で恐らく実体の無い情報と電力の関係について 世界で最もノウハウを有する企業でしょう。

効率化を向上させるには指標が必要なのは無論です。 この指標についてはしかし標準が確立されていません。 本書に述べられる68頁の式5.1ではエネルギー効率計算式が示され、その基本的な考え方は 効率=(処理量)/(総電力) であり、これを3項に分割して処理せんとしています。 第1項はデータセンターに供給される内IT機器に消費される電力の割合で 第2項はIT機器に供給される内コンピュータ処理に用いられる電力であって 両者が測定の比較的容易なものであるのは予測が付きますが、 第3項の、そしてこれが肝となるコンピュータ処理に供給された電力を分母に配した時、 分子たる処理量に何を以て当てるかが難関です。

この標準化はこれからの時代に恐らく重要なものとなるでしょう。 今や大企業となったGoogleに期待されるのはこの標準化への尽力です。 従来数多くのサービスを世に提供して来たGoogle社ですが アイデアばかりが先走って実用的でないものも少なくなく 廃止されるものも多ければ安定性にも掛けていました。 また余所でも出来るサービスであることが少なくなければ Google社に期待されるのはその如き社内リソースの割き方ではありません。 このデータセンター延いてはコンピュータ処理の電力に対する効率式の標準化の如き事業こそが Googleに求められるものでしょう。 本書は多くをこの第5章に割きまた第5章にもこの点に重きを置いている構成が評価出来るものです。 中に現状の指標の事例や其れに基づくGoogleが実運用しているサーバのデータを用いた エネルギー効率に関する考察がなされているのは サーバー運用者、データセンター運用者のみならず、 何某かの新事業の開始に当たり新指標を作成せんとする向きにも大いに参考になる筈です。

エネルギー効率化が喫緊の課題としてWSCに挙げられる中に 注目すべき言及はハードウェアに対するものです。 ソフトウェアに依存して全体のエネルギー効率の底上げを図るのは様々な面から限界もあり それこそエネルギー効率の悪いものとなればハードウェアの エネルギー比例性 の向上こそが求められるがそれは従来顧みられなかったもので 現時点で実に低エネルギー比例性のハードウェアにデータセンターは依存しているとします。 従ってこれからのハードウェア設計に於いて先ず考慮すべきなのがエネルギー比例性である、 と言う提言は以て設計者延いてはIT関係者が銘記すべき貴重なものです。 此処にこそ実は上に記した日本電機メーカーに強く期待したい分野なのですが、 未だにクラウドの意味を唯に従来のデータセンターと 履き違えているように見えれば歯痒くも思わされます。

システム全体のハードウェアが消費する電力はエネルギー比例性が高まった時、 動的に大きく変化します。 これを現在最も良く達成しているのは研究開発が比較的進んでいるCPU設計であり 一時期主流であったクロック周波数の引き上げや投機的実行の拡大から一転、 マルチコアアーキテクチャに切り替えられた重要な要因の一つは正しくエネルギー比例性のためでした。 今やエネルギー比例性の向上の俎上に載せられるのは既にその方向に進み始めたCPUならずして メモリやディスク、その他の周辺機器となっているのが伝えられます。 エルピーダ[K1] やルネサス[K2] など日の丸半導体の凋落をかたむき通信にも何度か伝える中に 自社資源の選択と集中の話題もあればこそ エネルギー比例性の高いメモリなどへの注力が自社優位性を築いて 孰れ活路を開く源泉ともなったのではないかと思わされるのです。

WSCではエネルギー比例性を高めてエネルギー効率化を高める必要があるのは 経営上に費用対効果を求められるからであり、 情報産業の筆頭たるGoogleに於いてその大きな部分をエネルギー、 即ち物質文明の権化たる電力が占めるのは逆説的で皮肉な事実です。

この本書の肝たる第5章の内容を受けて第6章に項目だてられるのは コストのモデル化 となり、以降の章と共に書評記事としては後編に譲ることとします。

使用写真
  1. Baloons at the entrance( photo credit: Charleston's TheDigitel via Flickr cc
かたむき通信参照記事(K)
  1. マイクロンテクノロジー2,000億円でエルピーダ買収合意し業界2位へ(2012年6月29日)
  2. ルネサス社7月3日発表のリストラ策が巻き起こす波紋(2012年7月5日)
Googleクラウドの核心書評記事一覧
  1. 前編~クラウドとWSC(2013年1月4日)
  2. 中編~エネルギー効率化と比例性(2013年1月17日)
  3. 後編~WSCの課題(2013年2月14日)
  4. 付編~DRAMエラーは珍しくない(2013年3月1日)
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