確率、統計が近年喧しく取り上げられる風潮に些か警鐘を鳴らすばかりの
アンチテーゼたる内容を包含した書籍
まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか
(原題:Fooled by Randomness)(以下、本書)の書評の
前編
としての記事[K1]
を2013年6月3日かたむき通信に配信しました。
ペストセラー
訳者望月
前編に扱ったのは本書プロローグ及び第1部 ソロンの戒め にて以下プロローグを0番と見立てて7章の章立てとなっていました。
- プロローグ―雲に浮かんだモスク
- そんなに金持ちなら頭が悪いのはどうしてだ?
- 奇妙な会計方法
- 歴史を数学的に考える
- たまたま、ナンセンス、理系のインテリ
- 不適者生存の法則
- 歪みと非対称性
- 帰納の問題
以上を以て著者が読者に訴え得るのは 稀な事象 を以て芯となし、市場に蔓延るランダム性を誤った徒輩が 如何に間違った方向に顧客を導くかなる具体的な事象から 様々各界に敷衍し得る知見を齎すものにて、 かたむき通信にも歴史学会、IT業界に於ける付言を記した処ですが、第2部 タイプの前に座ったサル 、及び第3部 耳には蝋を では確率、ランダム性に向き合う人間と言う種に胚胎する厭おうとも不可避な特性が描き出されており、 本記事に書評の後編としてものしたく思う処です。 其の第2部、第3部の章立てを以下に記し置きましょう。
- タイプの前に座ったサル
- あるいはとなりの億万長者でいっぱいの世界
- 卵を焼くより売り買いするほうが簡単
- 敗者総取りの法則
- 偶然と脳―確率をわかるのに不自由
- 耳には蝋を
- ギャンブラーのゲンかつぎと箱の中のハト
- カルネアデス、ローマへきたる―確率論と懐疑主義
- バッカスがアントニウスを見捨てる
第1部の冒頭部にはペルシャに敗れた
第8章178頁に本書の僅か14.95ドルにて安寧を齎すターゲットこそ 生存バイアスに悩まされるセレブであるのはなかなか皮肉の篭もり、 184頁には楽観主義こそ成功の鍵だと安易に怪しい自己啓発書に屡謳われているのは 大きなリスクを取り勝ちな楽観主義者でも人前に出るのは賭けに当たったお金持ちの有名人だけであると言う 生存バイアスに依拠した謎解きがなされているのも其の手のインチキ本の 著者の単細胞振りの暴かれてなかなか痛快です。
第9章に説明するのは188頁に記される、 過去の成績や時系列データが持つよく知られているのに直感に反する性質、 とあるのは正しく其れ等が人の性向と相反するのにも関わらず頻繁に利用され 従って多くの誤謬を産む処となるものです。 生存バイアスは其の一つであり、ランダム性に因って一時的に環境と 偶然 合致した特徴が長期的不適合者の反映を齎す性質を189頁に 壊れた時計も日に二回は正しい時間を指す と西洋の故事らしき命題を引用して上手く言い表しています。
この性質はその他、データ・マイニング、過剰適合、平均回帰、などなど 様々な呼び方が記され202頁にはまた データ・スヌーピング をうまくいく可能性のあるルールを集めて其の中から生き残りを探す、 即ちルールをデータに適合させる本末転倒の営みとして紹介されます。 市場で言えば今日うまくいっている取引ルールは生存バイアスの賜物かも知れない、と言う訳です。 著者は 銀星号事件 に 吠えなかった犬 に注目したシャーロック・ホームズを引用し、 なにも起きないことが大きな情報となり得ることもある、と此の章末に記しています。
著者特有の皮肉交じりの経済学への言及として219頁には 頭の良い人達が自らの考えは厳密で有り、其の仕事を科学的だと自らに言い聞かせるために 数学を使わないといけない、と思い込んでしまった時から科学としての経済学は道を踏み誤ったとし、 偶然と人間の捉え切れない非線形性の織り成す現実の説明される第10章に引き続く 第11章では冒頭、 前編 に、エッセイの体裁を意識してか、と記したのみに留めた其の本書の狂言回しとして機能する 登場人物ネロの眼前に黒い白鳥が飛来した瞬間が描写されます。 斯くて確率に深く思いを致す本章では其の題目 偶然と脳 と副題 確率をわかるのに不自由 とある字義通りの吾人の本性に言及されるのでした。 234頁には ヒューリスティックの重要な特徴は筋が通らない点 であるとし、人間の脳と確率の関係に於いては市場経済分野であろうとも 241頁に重要な批判を行い得たのは主流経済学者連ではなく社会生物学者であうとし、 次頁に素人ながらも関与せざるを得ない進化論の三文字が記されます。
興味深い知見の披瀝される本章には、248頁に 人は近道たる情緒なくして意思決定が出来ず、250頁に 所謂頭の良い人達の方が非道い間違いを犯して、 2%が答えである罹患率の問い掛けに殆どの医師が95%と答える事例を紹介し、 詰まりは吾人に市場に於けるオプションなるものは理解不能であると結論付けるのです。 256頁に脳の合理性を司る部分が吾人の行動を決定するのではなく、 情緒で考える吾人の性質は変えようが無い、と言う訳です。 以下にこれまた皮肉の効いて猶、深層に迫る印象のある236頁に掲載される トレーダーと科学的アプローチ なる11.1表を引用しましょう。
トレーダーたちの呼び名 | 学術的な呼び名 | 説明 |
---|---|---|
「どれだけ儲けるかが大事」効果 | プロスペクト理論 | 絶対水準ではなく差を見る。特定の参照点にあわせて判断を行う |
「ビデオクリップ」効果、あるいは「怖さが薄れる」 | 感情ヒューリスティック、情緒としてのリスク理論 | 人ははっきりした目に見えるリスクを恐れるが抽象的なリスクは恐れない |
「それ見たことか」あるいは「月曜の朝のクォーターバック」 | 後知恵バイアス | 事後的に見れば物事は予見できたかのように思える |
「お前は間違っていた」 | 少数の法則 | 演繹の誤り。簡単に結論を出しすぎる |
ブルックリン的抜け目なさ対MIT的秀才 | 二重思考 | 脳はあまり論理的には考えられない |
「そんなことには絶対にならない」 | 過信 | オッズを過小評価してリスクをとる |
斯様に本性を変え得ない以上、何某かの対応策を取らざるを得ないのであって、
それが著者が世界で本当に何かが起きているかどうかを知るコツとして
263ページに価格の変化率を知ることを挙げ、即ち此れは指標と言えるでしょう、
またノイズを取り除く
第Ⅲ部冒頭のエピソードには船乗りを惑わすセイレンの逸話があり、
船乗りが此の歌声を聞かぬよう其の部題
耳には蝋を
詰めるのでした。
第Ⅱ部迄散々に確率、ランダム性について誤った態度の顕わな人々を攻撃した著者は
しかし本部に至って吾人の免れ得ぬ
本書の狂言回しネロは一旦は黒い白鳥から逃れ得たものの エピローグには再び黒い白鳥に襲われる、と言う筋書きは些か有り勝ちですが、 皮肉屋足る著者がエッセイ書足る体裁を取るには先ずは必然的な結末です。 ランダム性に踊らされる人々の代表足るネロを 黒い白鳥の餌食とすることでした著者は本編を閉じ得なかったのでしょう。
斯くも確率を認識するの本性的に欠けてランダム性に翻弄される吾人の、 では誰しもがソロス氏足るべく訓練を積むべきなのか、と言えば然にあらず、 第3部もエピローグを過ぎた跋文 シャワーを浴びながら振り返る にランダム性は吾人に取って毒にも薬にもなる旨、述べられています。 誰が全て最適化された人生を望むでしょう、 不確実性は人の幸せに悪い面からも、そして良い面からも勿論、大いに影響を与えるのでした。 私達は予定に縛られるようには出来てはいないのです。
かたむき通信参照記事(K)- 痛烈な皮肉と稀な事象『まぐれ』書評前編(2013年6月3日)
- 前編~痛烈な皮肉と稀な事象(2013年6月3日)
- 後編~免れ得ぬ吾人の性 (2013年7月10日)