矛盾の語源をコンセプトに製作されるフジTV系列のテレビ番組 ほこ×たて は何処迄いくのでしょうか。 矛盾はかたや何をも貫くほこと、かたや何ものにも穿たれないたてと言う、 それこそ互いに矛盾し合う道具を商う者を揶揄した中国の故事に始まりますが これが同一人物に商われるのでなければ斯くも激しい切磋琢磨が産まれるのでした。 ややもすれば互いの主張は貶められるべきものと扱われ勝ちな両者が 実はその陰に多大な努力を費やしている賛辞を呈されるべき存在であるのも見えてくる 好番組となった同番組は日本民間放送連盟賞に於けるテレビエンターテインメント番組で 最優秀賞を受賞する[K1] 快挙を成し遂げもしました。
同番組を斯くなる人気番組に押し上げた対決が有りました。 かたむき通信にも取り上げた どんな金属でも穴を開けられるドリル VS 絶対に穴が開かない金属 と言う互いに矛盾する対決[K2] です。 この対決に大いに名を上げたのが5戦して4勝1引き分けの戦績を残す 日本タングステン株式会社 でした。 同社の担当者は今や全国各地の公演に引っ張り凧で、 また同社には就活生が押し寄せる状況であると言います。 技術を以て一社員が為す新しいパブリシティの形と言って良いでしょう。
番組側としてもドル箱のこの対決を捨て置けません。 最強のドリル対最強の金属を 伝統の対決 と位置付け、負けの無い金属側企業の超硬製品製造技術担当者を絶対王者と呼び、 お膳立てを整えた上で対戦相手を物色しにスタッフが出掛けたのが 去年2012年1月に開催された世界中の最新ドリルが集う 日本国際工作機械見本市 です。
見本市には流石に一流処が名を連ね中には
2010年10月1日放映の番組第1弾の
不二越こそオーエスジー、三菱マテリアルと共に 日本工具工業会[追4] の理事を交代で歴任する日本ドリル三大メーカーの一つだったのです。
1928年創業の老舗ドリルメーカーである不二越はその製造したドリルは1,000種類を超え 富山に本拠を置き県内に5つの巨大工場を持ち、 日本国内に12箇所の拠点を構え、11カ国に展開を見せる世界有数のドリルメーカーでもあるだけでなく 通称ドリル高校と呼ばれる同社の技術者を育てる養成機関 不二越工業高等学校をも運営、社名が街の名前となるのはトヨタや日立を思わせ、 対決担当者が勝利祈願に詣でたのも 不二越神社 、通称ドリル神社とも呼ばれると言いますから徹底しています。
この不二越のブースに番組スタッフが声を掛けた人物こそ 日本工具工業会の副理事長でもある 不二越の執行役員工具事業部長その人でした。 事業部長は対決の申し出を自信満々に快諾、 其の時から対決担当者として苦難の道を歩むこととなります。
対決を引き受けた不二越担当者は対決への思いを唯に勝敗だけにあるのではない旨、語ります。 恐らくは日本タングステンの最強金属は 航空宇宙等の様々な将来の用途に日本が発信する技術として使われて行くでしょう。 であるとすればこの材料が材料として使用可能であることを証明するためにも 加工性を証明すべきであり、穴を穿つ意味は其処にこそ有る、とするのです。 この思いをも秘めた担当者の苦闘は凄まじいものでした。
対決3ヶ月前から日本タングステンの最強金属の分析から始め 対決を自社で再現した上で最強金属が人工物として最も硬いと認め、 目には目を、それを超える硬いドリルで対抗する方針を固めます。 更にはマテリアル部門と相談の上仮想最強金属である超硬合金を100枚作成するに 掛かった金額は驚きの600万円とされ、これを穿つべく作成されるドリルの柄部分は 最強の硬さを求めて溶融される金属釜に門外不出の物質を投げ込み化学反応させる際には この世のものとは思えぬ光が迸る工場内の光景に番組出演者からは、 まるで映画だ、と声が上がるほどで、 それこそ其処からはターミネーターでも登場しそうな雰囲気を醸し出しているのでした。
1,700℃の熱を5時間掛け高圧でプレスして 硬さ対策の為のベストな形状に仕立て上げられてやっとドリルの柄が完成します。 更には最強のドリルの刃に考慮されるポイントが超砥粒にて 社内から優秀なエンジニアを選抜したプロジェクトチームを Team AQUAと称しドリルが削られないための超砥粒の付け方を研究、 可能な限りのバリエーションを考案したものに基づき30種類のドリルを試作しました。 この試行錯誤を繰り返すこと2ヶ月にして 先端・外側だけでなく内側にも砥粒を塗し、 粒子の大きさを大小二つ揃えれば隙間無く超砥粒が埋め込まれ産まれた最強のドリルには アクアドリル無限 と名付けられたのでした。
こうして作られた最強のドリルで600万円の仮想最強金属を穿つ実験を 繰り返すうちにも発見がありました。 ドリルの開けた穴の底の真ん中には突起が発生しこれが最強金属が 逆にドリルを削る役割を果たしていたのでした。 この対策には突起が発生しないように削るドリルが描く軌跡を調整します。 最強のドリルだけでなくその軌道に迄、気は使われました。
対する王者日本タングステンの最強金属も勝って兜の緒を締めよとばかりに改良を重ねて来ました。 前回オーエスジーに残り3mm迄追い詰められた結果を踏まえ 硬さが足りないと判断、更なる硬さを追求する覚悟を固めて担当者が仲間と 極秘ブレンドにて作り上げた最新の超硬金属は NWS Ω type-II と名付けられました。 現在最も普及する硬度計測 ビッカース硬さ(Vickers hardness) に於いて初代が1,700HV、2代目から5代目迄2,000弱で推移していた数値を一気に 2,119HV迄引き上げたのです。
福岡は博多から仲間に見送られて日本タングステン対決担当者は この最強金属を携え富山に降り立てばスタッフに渡される切符の行き先を見て 今回の相手をはっきりと認識しました。 対決相手の最寄の駅名は 不二越駅 、業界に於いて知らぬ人の在る筈もありません。
番組名物の名刺交換を済ませば以下のルールに基づき対決の開始です。 以降ネタバレ有りますのでご注意の程を。
対決は以下の如く推移しました。
- セットされ回転し始めたドリルに大量の液体が注がれる
- 暫くすると白煙が上がり始める。不二越側から「入ってる」と言葉が漏れる
- 音が変わり、水の流れが変わる
- 穴が開き始めたのが見える、此処までが5分、深度推定は1mm
- 対決開始から2時間、この長時間に及ぶ対決に出演者からはから、よくもつね両方とも、の声が上がる
- 深度推定10mm突破、ホワイトボードには14:43と記される
- 5時間経過、18mm、途轍もない長期戦の様相を呈す
- キュルルルと奇妙な音を耳にした不二越側は砥粒がもう無いと判断、ボディが減耗に気が行く
- 機械の示す推定深度は20mm突破するも穴は未だ開かないのはドリルが磨耗していていることを示し、不二越側は思わず頼む、とつぶやく
- 再び音が変わる
- 7時間経過したとき、ドリルが停まり支持体が上昇する
- 恐る恐る取り出し両者が頭を寄せ確認
最強金属の勝利が明らかになった瞬間でした。 肩を落とした不二越側からは同社が想定した仮想金属より 硬度はその倍程もあったのではないかとの言及もありました。 最終的な穴の深さは12mmしか有りませんでした。 ドリルは刃の部分が殆んど削られ18mmもの自身の長さを失っていたのです。 支持体に繋がる機械が推定した穿孔の深度は最強金属の手強さに見事に狂わされていたのでした。
更に詳しい対決経過を知りたい向きには 例に依って無造作淑女ブログの 那須直美 さんが 製造現場ドットコム に新春大サービスとして実際に現場へ足を運んでものした記事[※1] を配信しています。
今回の凄まじい両者の闘い振りにはほこ×たてと言う人気番組も 遂に此処迄来たかと言う強い印象を受けざるを得ないものです。 見るからに不二越社の総力の上げ方は恐るべき執念でしたが 其れを横綱相撲で跳ね返した日本タングステンも見事でした。 ほこ×たて史上最も両企業が力を入れた対決ではなかったでしょうか。 最早お遊びでは済まされない領域まで来ているように感じられるのは 決してパブリシティなどと言う軽い次元のものにはなく 技術者と技術者のプライドの激しいぶつかり合いが齎す高次元のものであるからでしょう。
斯くて大人気番組の新春スペシャルを飾るに相応しい闘いが展開され、 日本ドリル三大メーカーにオーエスジーに続き不二越に土が付いてしまった三社にも 残るは執行役員が現在日本工具工業会の理事長を務める 三菱マテリアル のみとなりましたが、さて。
追記1(2013年1月19日)
最強のドリル側不二越の地元の富山県富山市、僅か1kmの隔てない中華料理屋が 人気テレビ番組に紹介されたのを受け 富山県富山市のキリン飯店の不思議な中華丼は最強のドリルの強い味方か!? を配信しました。
追記2(2013年9月25日)
ほこ×たての2013年9月22日放送分に於いて最強のドリルVS最強の金属対決第7弾が実施されたのを受け イワタツール対日本タングステン~ほこ×たてドリル対金属第7弾~絶対王者の行方 を配信しました。
追記3(2019年8月14日)
2013年10月20日放映分の やらせ 問題で「ほこ×たて」が打ち切りとなってしまった旨、本ブログの2012年11月6日の記事 酸素アーク工業シャープランス対ムアン株式会社コールドファイヤー に追記しました。
追記4(2019年8月21日)
日本工具工業会は超硬工具協会と2015年6月に合併して、現在 日本機械工具工業会 となっています。
使用写真- The Diamond drill bit which spins at 2000 rpm half a mile down to bring us the rocks.( photo credit: robstephaustralia via Flickr cc)
- ほこ×たてが日本民間放送連盟賞最優秀賞受賞(2012年10月22日)
- ほこ×たて効果で就活生に大人気の日本タングステンの戦歴(2012年5月12日)
- 『ほこ×たて』新春特別解説! 想像を絶する激闘と感動! 不二越VS日本タングステン(2013年1月2日)