絶滅危惧種とは~食文化と種の保存

土用の丑の日と言えば平賀源内の昔から 人々は夏負けしないように鰻を食すのが習慣でした。 今年も勿論思い思いに舌鼓を打ったのでしたがなかなかに懐も痛むものだった[※1] ようです。 流通は客離れを防ぐのに務めた[※2] のですが、 それでも天然にあらぬ養殖とて鰻はその稚魚は天然以外の選択肢はありませんので、 これの不漁は高値に如何ともし難く直結するのでした。

従って今年は鰻無しで過ごした方も 鰻の蒲焼を堪能した方もその希少なものとなったのは皮膚感覚に薄々にも感じたことでしょう。 それを裏付けるようにニホンウナギが 絶滅危惧種 に指定されレッドリスト化する可能性が高いと言う情報[※3] が入って来ました。 ニュースソースの47NEWSでは環境省関係者が本日2012年9月13日に明らかにしたものと伝えます。

環境省のレッドリストについてはかたむき通信にも本年2012年に幾度か取り上げたのは、先ず 阿寒湖のマリモ についてそれが特別天然記念物であると共に 絶滅危惧I類 である[K1] としました。 その以前には トキ が放鳥され番から産まれた子が巣立ったのを受け、 野生絶滅 から1段階危険度の下がった 絶滅危惧IA類 に見直された[K2] のを伝えました。 トキとは逆に ニホンカワウソ[K3]絶滅危惧IA類 から遂に 絶滅 の認定[K1] へと至ってしまいました。 数日前に食材として伝えた ワラスボ[K4] は正しく 絶滅危惧Ⅱ類 でした。 ニホンウナギはワラスボと同じく その取扱いに注意すべき存在となってしまう訳です。

Eel photo credit by Peter Harrison
Eel photo credit by Peter Harrison

此処に幾つかの種類の絶滅に関するカテゴリーが登場しましたが トキの記事の際と同じく環境省のサイト[※4] から引いて下に整理してみましょう。

  • 絶滅:EX(Extinct)
    我が国ではすでに絶滅したと考えられる種
  • 野生絶滅:EW(Extinct in the Wild)
    飼育・栽培下でのみ存続している種
  • 絶滅危惧I類:CR+EN
    絶滅の危機に瀕している種
    • 絶滅危惧IA類:CR(Critically Endangered)
      ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの
    • 絶滅危惧IB類:EN(Endangered)
      IA類ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの
  • 絶滅危惧II類:VU(Vulnerabl)
    絶滅の危険が増大している種
  • 準絶滅危惧:NT(Near Threatened)
    現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種
  • 情報不足:DD(Data Deficient)
    評価するだけの情報が不足している種
  • 絶滅のおそれのある地域個体群:LP(Threatened Local Population)
    地域的に孤立している個体群で、絶滅のおそれが高いもの

レッドリストとはIUCN(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources、国際自然保護連合)の策定した絶滅の危機に瀕している 世界の野生生物のリストであり、この評価基準に基いて日本でも独自に 環境省がレッドリストを上に列挙した概要にてカテゴリー(ランク)が構成されているのでした。 上に位置するほど危険度の高い種であることになります。

此処に当て嵌めればニホンウナギは絶滅が危惧される中にも 危険度は低いものではあります。 しかしこれは種の絶滅に向けたほんのとば口かも知れないのです。 併せて野生の鰻のことは人間には未だ何も分かっていないと言っても過言ではないとなれば、 一層危険度は高まると思って間違いないでしょう。

47NEWSにもある如くレッドリストには法的な規制力はありません。 従って種の危険が叫ばれようと漁獲も取引も可能なのです。 だからと言って倫理的に無制限に許容される訳もないでしょう。 またワラスボについても同様でしたが、 古来からの日本の食文化が失われるよう留意することは 即ち環境保全にも繋がるのが明らかとなれば吾人の努めるべき道も明らかかと考えます。

追記1(2012年11月25日)

ウナギの生態について斯界の権威のインタビュー記事 なぜ生き物は旅をするか? 世界一のウナギ博士・塚本勝巳と生命のロマンに迫る がWIRED.jpに配信されました。 その生態が明らかにされることで土用の丑の日にも明るい未来が開けるかも知れません。

追記2(2013年2月3日)

環境省が絶滅のおそれのある野生生物の種のリストであるレッドリストの第4次版に於いて汽水及び淡水魚類の取りまとめを公表したのを受け ニホンウナギとクニマスの方向逆転と気になるドジョウ~環境省第4次レッドリスト汽水・淡水魚類取りまとめ公表[K5] を配信しました。

追記3(2020年8月2日)

本日8月2日は今年2020年には、7月21日に次ぎ、二回目の土用丑の日ですが、 鰻ファンには些か耳に痛い追記をものすかも知れません。 ニホンウナギが絶滅危惧IB類としてレッドリストに掲載される処なのはかたむき通信にも2013年2月3日の記事[K5] に取り上げた処ですが、 レッドリストには環境省及び国際自然保護連合(IUCN)の両所管のものがあり、 大凡一方は一方に準じるものも相違もあり、時折吾人の混乱も招かれます。 此の混乱を減じるのに用立つ資料が 消費者庁の民間団体の取組事例[※5] の中にも「様々な取組事例」中、「需要に見合った販売の取組」の一つとしてリンクさる 環境省とイオン株式会社の手になる PDFファイル[※6] 内に2018年版のデータ表として用意されていますので以下に引用、再構成します。

環境省レッドリストカテゴリーの絶滅危惧種
出典:環境省「環境省レッドリスト2018」

区分内容ウナギ類のランク具体例
絶滅危惧ⅠA類(CR)
Critically Endangered
ごく近い将来における野生での
絶滅の危険性が極めて高い種
イリオモテヤマネコ
アユモドキ
絶滅危惧ⅠB類(EN)
Endangered
絶滅危惧ⅠA類ほどではないが、
近い将来における野生での
絶滅の危険性が高い種
ニホンウナギ アマミノクロウサギ
ライチョウ
ムツゴロウ
絶滅危惧Ⅱ類(VU)
Vulnerable
絶滅の危険が増大している種 タンチョウ
アカウミガメ

IUCNレッドリストカテゴリーの絶滅危惧種
出典:水産庁「ウナギをめぐる状況と対策について」
*ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)附属書掲載種

区分内容ウナギ類のランク具体例
絶滅危惧ⅠA類(CR)
Critically Endangered
ごく近い将来における野生での
絶滅の危険性が極めて高い種
ヨーロッパウナギ* ミナミマグロ
絶滅危惧ⅠB類(EN)
Endangered
絶滅危惧ⅠA類ほどではないが、
近い将来における野生での
絶滅の危険性が高い種
ニホンウナギ
アメリカウナギ
大西洋クロマグロ
マナマコ、ラッコ*、トキ*
ジャイアントパンダ*
絶滅危惧Ⅱ類(VU)
Vulnerable
絶滅の危険が増大している種 Anguilla borneensis
(ボルネオウナギ)
メバチマグロ
ニシネズミザメ*
ジンベエザメ*

環境省に於いては本邦の、国際自然保護連合に於いては全世界の状況を鑑みたリストになっているのが一瞥して判然しますが、 孰れ、2013年初頭にニホンウナギが環境省に於いても、国際自然保護連合に於いても レッドリスト入りした事実は現在迄変わりません。 但し、食文化については然うは一概に論ぜられす、短絡的に断ぜられるのは、 此れも2013年2月3日の記事[K5] の追記に 松茸マツタケ の植生に関連して記した処です。 此の状況下に興味深い取り組みが神戸新聞の記事[※7] として昨日2020年8月1日に配信されていました。 工業地帯が河口を占める加古川にも食用に供せる天然鰻の生育し、 此の状況を継続せしめんと加古川漁業協同組合では、 養殖一、二年目の鰻の成魚200キロ以上を毎年放流し、又海より巡り帰るのを漁獲すると言う、 漁労の循環を目論んでいます。 漁獲に於いては一網打尽を狙う様な手法は勿論採らず、 てぼ なる長さ約70cm、直径10cm程の筒状で、片方だけに設けられた出入口から一度鰻が進入すれば戻れない返し構造の仕掛けを使うものです。 此れを五本仕掛ける権利を当該漁協が遊漁券として、年税込み3,240円にて販売するのは、 生魚放流に掛かる費用を捻出するのに寄与しもするでしょう。 さて、此のてぼも仕掛ける位置の選定が難しく漁する者は初年度には漁獲の難しいものと伝えられますから、 鰻屋に卸される値も決して安価にはありませんが、此れこそ現代に鰻を食す正当、適当な値付けなのかも知れません。

食文化と環境保全は両立し難い条件が間々惹起されますが、 食物連鎖から外れて如何様にも種の存続を左右せしめられ得る位置に立った人類は noblesseノブレス・ obligeオブリージュ として、然るべき種の保存に努めるべきと考えます。 しかしながら、人情として或る食文化を捨て去るのは憚られますし、軽々に捨て去って宜しいものとも考えません。 ニホンウナギの種の保存と土用の丑の日の食文化との両立を願って己まない由縁です。

使用写真
  1. Eel( photo credit: Peter Harrison via Flickr cc
かたむき通信参照記事(K)
  1. 特別天然記念物指定60周年マリモ保護に阿寒湖の世界遺産目指す(2012年6月5日)
  2. 野生のトキ芽出度く8羽皆巣立ち環境省がレッドリスト見直しへ(2012年6月26日)
  3. ニホンカワウソ絶滅種へ~環境省第4次レッドリスト公表(2012年8月28日)
  4. ワラスボ~美味しいエイリアン(2012年9月11日)
  5. ニホンウナギとクニマスの方向逆転と気になるドジョウ~環境省第4次レッドリスト汽水・淡水魚類取りまとめ公表(2013年2月3日)
参考URL(※)
  1. きょう土用の丑の日 うなぎ、あまりの高値にスーパーは悲鳴(MSN産経ニュース:2012年7月27日 ※MSN産経ニュースは2014年10月1日に終了、2019年3月10日現在記事削除確認)
  2. 流通各社がウナギ値下げ 土用の丑の日を前に客離れ阻止へ(MSN産経ニュース:2012年7月24日 ※MSN産経ニュースは2014年10月1日に終了、2019年3月10日現在記事削除確認)
  3. ウナギは乱獲で「絶滅危惧種」 環境省が指定へ、保護急務に(47NEWS:2012年9月13日 ※2019年3月10日現在記事削除確認)
  4. 第4次レッドリストの公表について(お知らせ)(環境省:2012年8月28日)
  5. 民間団体の取組事例(消費者庁)
  6. 限りある資源を大切に、食品ロスからウナギを守る取組(イオン株式会社・環境省:PDF781KB)
  7. 身近な川で天然ニホンウナギ 加古川に食用生息、3シーズン目の漁(神戸新聞NEXT:2020年8月1日)
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