腕時計メーカーでもあるシェーバーのブラウンの意欲作セラミック製BN0171とディーター・ラムス氏

通勤時にごった返す駅前に朝剃って来た旨告げるサラリーマン氏に再度の髭剃りを促すCMでお馴染みとなれば 日本に於いては髭剃りのメーカーとして定着している BRAUNブラウン 社は世界的に見ればドイツに本拠を置く総合電機メーカーであるのは、 創業者の Maxマックス・ Braunブラウン 氏が電気技術者でありフランクフルトに1921年に立ち上げたのがラジオ部品の製造会社であったのを知れば得心が行くでしょう。 髭剃りと言えばブラウンと想起するブランディング的に巧い状況の出来は若しかしたら当時の親会社である Gilletteジレット 社の策が功を奏したのかも知れませんが、 2005年より現在はブラウン社は P&G 社傘下にあります。

Braun photo credit by Juan Lupión
Braun photo credit by Juan Lupión

ブラウン社はラジオ部品製造にて創業しドイツを代表するラジオ製造会社へと成長を遂げ またオーディオ製品をも世に提供する様になった後、1950年代に始めて髭剃りの開発を始めましたから 日本での印象とは先ず先ず隔たりがあるかに思えます。 其の50年代中盤にブラウン社はデザイン的に大きな一歩を踏み出しました。 Bauhausバウハウス の流れを汲むデザインチームを1954年に創設し其の翌年の当時弱冠23歳の Dieterディーター・ Ramsラムス 氏の登用がエポックメーキングとなったのでした。

ラムス氏はブラウン社インハウスデザインチームの中心となって同社家電の多くのデザインを手掛けました。 多くの家電が唯に世に消費される中にしかしラムス氏デザインの家電はニューヨーク近代美術館など世界中の美術館、博物館に所蔵され、 何時しか伝説的デザイナーと世から称される迄になりました。 ラムス氏は今や世界のトップデザイナーと目されるアップル社のデザイナー Jonathanジョナサン・ Iveアイブ[※1] にも多大な影響を与えたとも言われています。 ラムス氏は1988年にブラウン社を退く迄の30年以上に渡りデザインチームのトップとして活躍、 同社デザインに計り知れない恩恵を齎しました。

ブラウン社が電気製品として新分野である時計に踏み込んだのは1980年代でした。 壁掛け時計 ABW30[※2] を1982年に発売した後、1989年には遂に腕時計分野に進出、 ラムス氏デザインの腕時計 AW10 発売が発売されるに到ります。 ダイヤルインデックスは読み取り易く腕時計として最も基本的な三針機構に於いては秒針のみ黄色く染め抜かれた バウハウスの系統を引くミニマルで機能的なデザインは大いに評判を取り、 数十年もの間変わらぬ同社腕時計デザインの規範となりました。

そして今年2014年のバーゼルワールド[K1] に同社中心として紹介されたのがディーター・ラムス・デザインの系譜を引く BN0171 です。 ラムス氏のデザイン哲学に沿ったミニマル・デザインは伝統的な黄色い秒針を持つ三針仕様のまま 余計な装飾を配したダイヤルインデックス、ケース、リューズ、ベルトは其の簡素さに於いて返って どんなシチュエーションにも応えてみせながらも機能的で腕時計本来の時刻の読み取り易さはスポイルされていません。 此れ以上にシンプルでクリアーな腕時計を見付けるのはなかなかに難事であるに違いありません。

デザイン的にシンプルであるのはカラーバリエーションにも徹底しており、 グレー(BN0171 GYGYG)[※3] と 黒(BN0171 BKBKG)[※4] の其々が単色で纏われる2色展開となっています。 そして特筆すべきはケースもブレスレットもセラミック製であると言うことでしょう。 BN0171はセラミックの鎧を纏って軽く変色、退色のない半永久的な美しさを手に入れたとも言えます。

BN0171は既に発売されており、 価格はグレー、黒共に440米ドル、日本では税抜きで49,000円とされています。 3気圧防水で日本製のクォーツムーブメントが採用されています。

セラミックやシリコンを素材に用いるのは耐磁性[K2] を考えれば現代機械式腕時計の潮流と言えますが BN0171に於いてはクォーツムーブメントですので恩恵は薄いと言えます。 ラムス氏デザインの当時よりブラウン社腕時計のムーブメントにはクォーツが採用され当初はスイス Rondaロンダ 製であったようですが、現在では日本製が主に搭載され、本邦 ミヨタシチズンファインテックミヨタ株式会社[追2] )製がコストパフォーマンスの良好さから採用されているともする情報も有るようです。

ブラウン社としては偉大なデザイナーを擁した見返りに些か其の腕時計はデザイン主体に偏り ムーブメントは外部から調達するに留まる等、腕時計ファンから見れば物足りなさも感じられるのは禁じ得ないでしょう。 望み得るならばブラウン社には他社製ムーブメントばかりでなく 此のセラミック加工技術を以て機械式腕時計にも野心を燃やして欲しいものです。

追記1(2015年3月7日)

本記事に記した通りディーター・ラムス氏がジョナサン・アイブ氏に強い影響を与えているのが頃日発売された書籍 『ジョナサン・アイブ』にもはっきりと書かれていました。 当該部分は 第3章ロンドンでの生活「ジョニーらしさ」の芽生え の項、76頁にジョナサン・アイブ氏が未だアップル社に勤める以前ロンドンで所属していた タンジェリン・デザイン時代の同僚 クライブ・グリナー 氏の言として収められています。 曰く、 ジョナサン・アイブ氏を含むタンジェリンのメンバーは皆学校でディーター・ラムスのデザイン哲学を叩き込まれ 其の影響下にあった、とされているのです。 但し惹かれていたと雖もジョナサン・アイブ氏は唯にブラウン製品に似たデザインをしていた訳ではなく その潔さが好きだった、ともされています。

追記2(2019年8月31日)

シチズンファインテックミヨタ株式会社とシチズンセイミツ株式会社が合併し、 シチズンファインデバイス株式会社 に統合[※5] されたのを受け、2013年5月1日の記事 シチズンのエボーシュ(モジュール)戦略とラ・ジュウ・ペレ[K3] にミヨタブランドの沿革概要を追記しました。 現在、ミヨタブランドのムーブメントはシチズングループ シチズン時計株式会社ムーブメント事業部 が担っており、公式webサイト MIYOTAミヨタ MOVEMENTムーブメント が用意されています。

追記3(2021年6月17日)

本記事末尾に、ブラウン社には機械式腕時計にも野心を持って欲しく思う旨、記しましたところ、 記事配信の2014年8月31日から7年の歳月を閲し、遂に其れは現実となりました。 ブラウン社の百周年を記念すべき新機種 BN0278[※6] です。 デザインはディーター・ラムス氏の系譜を継ぐミニマル・デザインであるのは言う迄もありませんが、 伝統的な黄色い秒針を持つ三針仕様に加え、カレンダー窓が設けられてもおり、 此れにも同社の伝統的な赤の矢印が施されています。 文字盤に三針のみも考えられもしたでしょうが、 敢えて機械式腕時計を主張する時に日付表示は必須と考えられたのかも知れず、 同社のAWシリーズにデザイン的範を取ったものと考えられます。 機械式腕時計の主張はケースバックに明らかで、 スケルトン仕様とされた其処からは歯車の運動を堪能出来る、 機械式腕時計ファンに嬉しい構造ともなっています。

また此の新モデルの全体をブラックでまとめ上げた百周年記念モデル[※7] も同時発売されます。 此方はシリアルナンバーをあしらえて、 世界にも限定100本とされたファン垂涎のプレミアムモデルとなっています。 百周年に関しては BRAUN 100th Anniversary Fair と称したキャンペーンも開催され、ブラウン社腕時計を対象店舗にて購入した際には、 オリジナルノートと鉛筆のセットが提供され、此方は先着順の在庫限りであれば、 新モデル希望の向きに限らず、ブラウン社ファンには見逃せない記念品となっています。

さて機械式腕時計とあれば忘れてはならないのは、ムーブメントが 何処いずこでの製造になるか、です。 ブラウン社のリリースには当該情報は文字としては記載されていませんが、 BN0278BN0278 100th LIMITED 両モデル情報ページにはムーブメントの透けるスケルトン仕様のケースバックの写真が提供されており、其処には瞭然と NH35A 及び SII との刻印が彫り込まれているのが見えます。 「SII」は勿論、セイコーインスツル株式会社、即ち、 「Seiko Instruments Inc.」 の略に相違なく、であれば「NH35A」こそ同社のムーブメント 4R35 の外販仕様の名称[※8] に相違ありません。 セイコー4R系ムーブメントについては詳しい情報もネットには共有[※9] されており、 23石、デイト機能、秒針停止機能、手巻きパワーリザーブ41時間、で 精度保証は-35~+45秒、振動数は6振動(3Hz、21,600振動毎時)等が得られます。 当該ムーブメント採用であればこそ日付窓の あしらいは必然でもあったでしょう。 セイコー社製ムーブメントが、ディーター・ラムス・デザインを身に纏ったと考えれば、 ブラウン社ファンのみならず、セイコー社ファンにも興味を持つ向きも多いものと思われます。

新作BN0278の白(BN0278WHBKG)黒(BN0278BKBKG)文字盤2モデルと、 百周年記念モデル(BN0278 100th LIMITED)は予約は既に2021年6月11日から直営店とオンラインショップで開始されており、 価格は66,000円にて、発売は明日、2021年6月18日となっています。 あまねく機械式腕時計ファンには見逃せない食指の動く一品には違いありません。

使用写真
  1. Braun( photo credit: Juan Lupión via Flickr cc
かたむき通信参照記事(K)
  1. オメガ・スピードマスター・プロフェッショナル・アポロ11号45周年限定モデルとバーゼルワールド2014に見られた腕時計界の傾向(2014年7月30日)
  2. オメガ・コーアクシャル・キャリバー8508発表~抜きん出た超高耐磁ムーブメント(2013年1月21日)
  3. シチズンのエボーシュ(モジュール)戦略とラ・ジュウ・ペレ(2013年5月1日)
参考URL(※)
  1. ジョナサン・アイブ氏インタビュー~カーサブルータス’12年3月号(Acenumber Technical Issues:2012年2月13日)
  2. BC06 Classic Analogue Wall Clock - Classic - Clocks(BRAUN公式サイト)
  3. Braun Unisex BN0171 Classic Watch - Grey Dial and Grey Ceramic Bracelet - BN0171GYGYG(BRAUN公式サイト)
  4. Braun Unisex BN0171 Classic Watch with Ceramic Bracelet(BRAUN公式サイト)
  5. 当社の合併に関するお知らせ(シチズンファインデバイス株式会社:2015年4月1日)
  6. BN0278(BRAUN公式サイト)
  7. BN0278 100th LIMITED(BRAUN公式サイト)
  8. SIIのNH35機械式ムーブメントを入手(時計De娯楽:2019年9月9日〜2021年3月24日)
  9. セイコームーブメント4R35,4R36,4R57との付き合い方(日常に寄り添う腕時計:2019年4月8日)
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