アコンカグア~イモトアヤコさんの登頂プロジェクト第3の山

数多ある2011年度に放送されたテレビ番組にも特に優秀なものとして第49回 ギャラクシー賞 のテレビ部門優秀賞に選出されたのがこの2012年1月29日に放送されたイモトアヤコさんの挑戦した第3の山 アコンカグアAcon Cagua) のイッテQ!登山部登頂プロジェクトでした。 日本テレビ史上未だ嘗て無い お笑いドキュメンタリー番組 として確固たる評価が然るべき機関からも成されたとして良いでしょう。 しかしそれは2ヶ月間にも及ぶ過酷なプロジェクトでもありました。

Vuelo entre las Nubes photo credit: fainmen via Flickr cc

アコンカグアは南米大陸を南北7,500kmに渡り貫き聳え連なるアンデス山脈(The Andes)にも アルゼンチン(Argentina)に南米大陸最高峰たる峻峰で その標高こそ6,962mと世界の高峰に比して際立つものではありませんが、 その命名は近付くものを皆返り討ちにする Acon Cagua=岩の衛兵 の意味を持つ恐るべき山です。 登頂すればプロの登山家もそのキャリアに記す程の山への挑戦が お笑いの種になるのですからお笑いドキュメンタリーの面目躍如たる山と言えるでしょう。

2011年11月始動したプロジェクトの最初に最早お馴染みの強力なサポーター、国際山岳ガイドの 貫田宗男 さんの説明にイモトさんは震え上がるのでした。 それはそうでしょう、 登山行程は順調にいっても2週間はかかり、その登頂確率は僅か20%、 エベレストに登れてアコンカグアを登れなかった人もおり、 史上最強に厳しいよ、との貫田さんの言はイッテQ史上最も過酷な挑戦を予感させるものです。

中にも最も恐ろしいのは ビエント・ブランコViento Blanco) 、白い嵐です。 山全体が白い雲に覆われその中は地獄と言い表すのが相応しい様相を呈します。 これに遭遇すれば人など軽く吹き飛ばされ、最早為す術は無く、 死の確定した避けるしかない自然現象なのです。 従ってアコンカグア登頂には己の強靭な意志だけではなく、 この天候をも味方につける強運が絶対的に必要となるのでした。

アタックチャンスは南半球の夏、12月と1月だけです。 此処ではたと我に帰るイモトさん、 出発はクリスマス・イブ、 クリスマスと正月、更には誕生日の1月12日迄必然的にアコンカグアで過ごす必要があるのに気付き 思わずどもってしまいました。 ともあれ己の3大年中イベントをプロジェクトに捧げる以上は 必ずや登頂に成功して見せると決心して 低酸素室でのトレーニングに長野県西穂高岳での冬山訓練に励み、 一行揃っての御祓いなど準備万端抜かりはありません。

斯くして2011年12月27日、アルゼンチンに降り立ったイモトさん、アコンカグア登山の拠点 メンドーサMENDOZA) に向かっては、州立公園事務所に証明書を提出して入山手続きを行いました。 入山料は750ドル(約59,000円)、結構なお値段ですが この1回の許可で山に立ち入れるのは僅か20日間の決まりです。 当然登頂プロジェクトはこの期限内に完結されねばなりません。 地元の散髪屋のバリカンで見事なお笑いマッシュルームヘアーへ変身して貫田さんを、 か、可愛いです…ね、 と口篭らしめる決意表明です。

翌2011年12月28日には愈々登山開始です。 この開始時点で既に標高は2,900mもあるのでした。 登山口のオルコネスでガイドチームと合流です。 貫田さん、角谷さんのお馴染みのお二方始め孰れ劣らぬプロフェッショナルの面々、 またプロ登山カメラマンは3名を揃える充実の陣容ですが、 この備えなくては映像も残し得ない厳しい山でもあるのです。 勿論お笑いドキュメンタリーに欠かせないお笑い担当の石崎ディレクターもメンバーです。

チーム揃ってエイエイオー!と気合を入れて登山開始です。 今日の目的地、標高3,400mのコンフルエンシア(Confluencia)キャンプ迄は9kmの道のり、 初日は足慣らしも兼ねて4時間歩き面々は高所に身体を慣らすのでした。 3,000mを超える高地を歩いているのに回りは一層高く聳えるため 其処はまるで平地の如き道に感じられます。 道々荷揚げのラバ隊に道を譲るなどして進みます。 ベースキャンプ迄はラバ達が荷揚げを担ってくれるのです。 やがて数十のテントが張られているコンフルエンシアが見えて来ました。 午後3時到着です。 登山隊はここに2泊を義務付けられており、 診療所で体調を見てOKが出なければこの上へは登らせて貰えないのでした。 イモトさん一行は皆問題なくクリアです。

2011年12月29日、登山2日目は順応日です。 例えばドラえもんの秘密兵器、どこでもドアでいきなり高度7,000mに行くと 普通の人はものの数分で失神してしまうのだそうです。 高山病は本当に分からないもので馴れた人でも安心とは言えません。 先ずは高度に上手く順応するのが第一なのです。 勿論そうとは言え寝ている訳ではなく、 4時間歩いて標高4,100m地点迄出向き戻って来るというトレーニングメニューを熟します。

2011年12月30日、登山3日目は標高4,300mのベースキャンプの プラサ・デ・ムーラスを目指す、距離にして15km、時間は約9時間の道のりです。 行く道は急な斜面に様変わりしました。 坂の下には転落したと思われるラバの死体の数々と言う恐ろしい光景も目に入ります。 この時点で流石お笑い担当石崎Dの泣きが入ります。 一同呆れながらもアコンカグア本当のスタート地点であるベースキャンプ、 アルピニスト達の作戦本部ともなるプラサ・デ・ムーラスに到着したのでした。

2011年12月31日、登山4日目は大晦日ですが、 此処は標高4,300mのベースキャンプで酸素量は平地の6割程度しかなく 登山開始から2回目の健康診断です。 揃ってパス出来た一行は一安心するも順応日に当てられたこの日は山の中とて暇を持て余す処に 大晦日に因んでイモトさんプレゼンツ、ダウンタウンも苦笑い必至の 絶対に笑ってはいけないベースキャンプ など催し楽しむのでした。

そして登山5日目は遂に2012年1月1日元旦をベースキャンプの皆でカウントダウンして迎えます。 日付が変わると共に花火が上がるなど、とても高地のベースキャンプとは思えません。 初日の出も拝んでイッテQ!出演者からの気の利いた差し入れでお正月気分を満喫します。 そしてイモトさんは大きな旗のような白布に黒々と 迎春 と書初めたのでした。 ベースキャンプでは重要な作戦会議も催されます。 天気予報と一行の体調など様々照らし合わせ、 最終アタックの4日目が最も良い天候になるように出発日を調整し、 天候に一抹の不安を抱えながらも3日出発6日アタックに決定しました。 この決定で2012年1月2日、登山6日目はレスト(休息日)となり、 往復5時間のトレッキングで身体を適度に苛めながらも それぞれリフレッシュして過ごし明日に備えます。

翌2012年1月3日は登山7日目、予定通り山頂を目指し一歩を踏み出します。 此処から先はラバの荷揚げもありませんから全て自分達で背負わなければなりません。 寒冷地仕様も装備するとあってその重さは増すのですが、 この登山で初めての雪、更には 雪が強風に煽られて作り出された不思議なモニュメント ペニテンテ (氷塔)などが目に入ればそれも致し方ないでしょう。 斜面は急峻となり周りを遮る山陰も消えれば絶景を楽しめるものの日差しも直接となります。 標高5,462mクエルノも見えたその時、 上から担架と共に下りて来るレスキューに身の縮む思いです。

午後3時半、キャンプ1のプラサ・カナダに到着しました。 標高5,050mの此処ではカップラーメンも簡単には拵えられません。 先ずは水を調達しなければいけないのです。 高山病予防のためにも水分補給は不可欠なのですが担いでは登れないため 勢い水汲みはアルピニストの日課となるのです。 そしてイモトさんが万全の体調であったのもこの日迄でした。 翌2012年1月4日は登山8日目に標高5,500mのキャンプ2、ニド・デ・コンドレスへの道のりは 厳しい中にも比較的楽な工程の筈なのですが、 イモトさんは頻繁に弱音を吐き始めたのです。 翌2012年1月5日、登山9日目に一同起床しテントを出れば辺り一面の銀世界です。 最新の気象情報ではアタック予定の6日より7日の方が天候が良いものとなっています。 しかしその後、8日から11日迄はビエント・ブランコが吹き荒れそうでもあり、 難しい判断が迫られましたが結局アタックを1日後ろ倒してこの日はニドでレストと決定しました。 翌朝迄この雪が降り続ければ登頂は断念しなければなりません。

2012年1月6日、登山10日目に雪は已んでくれましたが残った雪は深く風は強く 現地ガイドは今日の行動を反対です。 日本の気象情報を根拠に説得を試み、 ベースキャンプのレンジャーからも山頂付近の風が弱いことが確認されたため出発許可が出ました。 午前11時半出発です。 正午にはキリマンジャロ山頂と同じ高度に達しました。 太陽の周りに丸に虹が見られたのは吉兆かも知れません。 午後4時20分に最終アタック拠点である標高6,000mのコレラキャンプに到着しました。 標高差1,000m、順調に言っても10時間の道のりである戦いの開始予定は 日付の変わった深夜4時とされました。 最終アタックはその道のりの標高差1,000m、距離は3kmで 遮るものがないため強風が吹き荒れる大トラバース地帯や 標高6,500mで40°の急斜面を登る最難関のグランカナレーターが待ち構える 雪が無くとも往復15時間の難路です。 周囲のアタックパーティーを見渡せば一番強い隊と目されるのは 最もプロフェッショナルが揃っているイッテQ!登山部ですからラッセルも引き受けねばなりません。 最強の隊がラッセルを引き受け道を作ると共に様々な判断を行うのが山の慣例なのですから。

遂に2012年1月7日は登山11日目、最終アタックの日がやって来ました、 が此処に来て最大級の胃の痛みがイモトさんをピンチに陥れます。 天気予報は的中し快晴の天候の中、午前4時過ぎ、最終アタック出発ですが、 夕方には嵐が来る予報ですので其れまでには降りなければなりません。 小まめな水分補給は高山病対策なのですがイモトさんは水を飲むと直ぐに胃が痛くなってしまいます。 痛くない、痛くない…と念仏のように唱える執念のイモトさんです。 それでも着実に一歩一歩歩を進め夜明け前の午前6時には 辺りが薄っすらと明るくなり始め一面に美しい雲海が見渡せます。 夜明けの午前7時には標高6,400mのインディペンデンシア小屋へ到着しました。 此処でやっと1/3の道のりです。 この小屋は重要な目印でもある旨、角谷さんが以下の如く説明します、 降りてきたら直角に左へ、右はLOSTWAY…死んでしまいます。

更に山頂目指して進む一行はピシッ!と不気味な音を耳にします。 雪崩の兆候です。 大きい迂回を余儀なくされた後も、 イモトさんをアコンカグアの難所大トラバースが待ち受けていました。 トラバースとは斜面を横切ることを意味します。 当然ながら滑落の危険がある上、遮るものがなく強風が容赦なく吹き付け、 アコンカグア大トラバースでは体感温度は氷点下40℃以下にもなり、凍傷の危険があります。 山岳プロカメラマンのオペレートも覚束なくなって来る程です。 そして遂にイモトさんも限界が近くなって来ました。 この危険な難路で頻りにトイレを訴えるのです。 聞けば最早足の感覚は有りません。 角谷さんと貫田さんで協議がなされます。 此処では情に流されれば死にます。 イモトさんと番組ディレクターの素人計3人の内、誰かを下山させる必要があります。 イモトさんの必死の訴えもあってディレクターが1人ガイドと共に下山と決定されました。

自然は甘くはありません。 標高6,650m イモトさんに頭痛と吐き気の症状が表れました。 高山病です。 そんなイモトさんをアコンカグア最大の難所、40°から60°の急斜面、 グランカナレーター が待ち受けます。 標高6,700mと言う高所での心臓破りの急坂です。 しかも普段はジグザグに進路を取るのですが今日は雪崩の心配があるため 危険の少ない端側を真っ直ぐ登る必要があるのです。 現地ガイドは此処迄7時間半チームのために道を作り疲労困憊しています。 貫田さんの秘蔵っ子中島さんがラッセルを代わって引き受けます。 美しい景色のあとカメラがターンしてぶれる景色と乱れる呼吸がお茶の間の画面に流れます。 カメラマンは撮影時の呼吸も浅くなり操作のため手袋も薄く過酷な状況下にあります。 それをそのまま見せるのはお笑いドキュメンタリー、イッテQ!登山部ならではでしょう。 頂上まであと400m、メインカメラマンの足が止まります。 体が動かず、足が前に出ません。 メインのカメラマンを交代します。 プロフェッショナル山岳カメラマンでさえ3名を要する由縁です。 最悪の体調に苦しみながらも何とか角谷さんに励まされ、 イモトさんは2時間掛かって漸く最大の難所グランカナレーターを制覇したのでした。 もう頭の中は真っ白で何も考えられず、何処にいるかさえ分からなくなります。

更に着実に一歩づつ歩めば山頂迄あと300mの地点で先頭のガイドの足が止まります。 此処に来て雪崩の危険で折角の緩やかなルートを諦め 山の上に一旦上る地獄の急斜面を伴う尾根を行くルートの選択を余儀なくされます。 何とか斜面をクリアすれば一行は遂にアコンカグアの尾根に出ました。 標高6,890mです。 アコンカグア山頂も直ぐ其処、200m先に見えています。

しかし一転俄かに天かき曇り、さっき迄見渡せたアコンカグア南壁も急に見通せなくなりました。 紛れも無いビエントブランコの予兆です。 直ぐ其処に見える山頂も到達迄にはあと1時間は掛かります。 到達出来たしても安全には下りられないでしょう。 ゴールを目の前にして厳しい判断が即座に要求されます。 角谷さんは言いました。 標高6,890m、此処をイッテQ!の頂上にしよう 、登頂断念の瞬間でした。 此処迄来ての断念判断は進むより遥かに勇気の要る決断です。 恨まれてもいいから帰る 、何度もこの様な決断を角谷さんは下したのでしょう、口調に経験の重みが感じられます。 練達のアルピニストが言います。 200mが限りなく遠い… イモトさんも胸に刻むようにつぶやきます。 近いけど遠いアコンカグア山頂…。

並みのドキュメンタリーならば此処で終わる処、 登場するのが此処迄付いて来れたのが不思議なお笑い担当の石崎Dです。 実は大晦日にイッテQ!登山部部長ウッチャンから電話で イッテQ!カレンダープロジェクトの1月の写真を撮れと指令が有ったのでした。 意外と仕事を忘れない石崎Dの指示で写真撮影です。 元旦のベースキャンプでの書初めにイモトさんが溌墨淋漓、 迎春 と大書した白布をイモトさんと角谷さんが広げてフレームに納まりました。 2012年1月のタイトルはイモトアヤコ 辿り着けなかった南米最高峰 とされました。

ストーリーの出来あがった予定調和ならば此処は登頂に成功した万々歳ですが、 しかしこの登頂断念こそ山の厳しさを素人にも分かり易くさせる肝となる お笑いドキュメンタリーの面目躍如でしょう。 画面にはその悔しさがとても出ていて 見る人を返って感動させずにはいられないものとしたように思います。 若しかしたらギャラクシー賞テレビ部門優秀賞に選出されたのも そこ辺りが評価されて受賞したのかも知れませんね。

使用写真
  1. Vuelo entre las Nubes( photo credit: fainmen via Flickr cc
世界の果てまでイッテQ!登頂プロジェクトシリーズ(KQ)
  1. キリマンジャロ(Kilimanjaro)(2012年10月3日)
  2. モンブラン(Mont Blanc)(2012年10月7日)
  3. アコンカグア(Acon Cafua)(2012年10月28日)
  4. マッターホルン(Matterhorn)(2012年11月17日)
  5. 槍穂高縦走(夏山合宿)祝角谷師匠復活(2013年9月29日)
  6. マナスル(Manaslu)(2013年11月13日)
  7. 天国じじい(2014年1月8日)
  8. キナバル(Kinabalu)(2014年3月27日)
  9. マッキンリー(McKinley)デナリ(Denali)(2015年9月4日)
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