シャープ虎の子技術IGZOとは何か?復習してみる

一昔から二昔前、前世紀後半ならばテレビモニターはブラウン管を用いたものが当たり前でした。 しかしその構造上かなり奥行きを必須としますから、 当時の未来図などに描かれる壁掛けテレビの実現などは難しいものでしたが、 それを思えば隔絶の感があるのが現代のテレビモニター事情です。 遥に薄くなったモニターは壁掛けテレビなどは勿論、 カーナビやスマートフォンにも当たり前の如く搭載され 人々は気軽にモニターを戸外に持ち出し携帯するようになりました。 正しくこれを実現したのは人々のライフスタイルを変えた技術であった訳です。

IGZO!! 液晶きれい。電池もちどうかなー。photo credit by hirotomo

モニターの薄型化、小型化は幾つか方法が有りましたが 今主流となっているのは液晶であるのは良く知られた処でしょう。 広い普及と技術革新が折り重なって今世紀初頭には目の玉が飛び出るような値付けがされていたものが 驚くほど廉くなって毎日目にするその存在感はもう空気のようなものともなりました。 この傾向は未だ留まるものにはなく各方面に一層の鋭意努力が図られています。

この液晶モニターに主流の技術が TFT(薄膜トランジスタ) です。 細かい粒子で構成される液晶画面はその一つ一つがトランジスタに依って制御されていますから 薄型化するのには極薄い半導体素子が必要とされるのでした。 このTFTを一層の高みに上らせるために期待された素材が 酸化物半導体 であり、その代表が今や家電メーカー シャープ株式会社 の代名詞ともなった IGZO でした。 シャープ社は世の期待に応え予定通り今年2012年には量産、実用化に漕ぎ着け、 それは同社の虎の子ともなっています。

シャープ社が現在凋落傾向にあるのはかたむき通信にも幾度か伝え[K1~4] その虎の子、代名詞ともなった同社技術陣の努力の結晶 IGZOについては以下列挙する如き記事をものして来ました。

6月2日の記事にある如くIGZOとは In(インジウム)、Ga(ガリウム)、Zn(亜鉛)、O(酸素) の昔学校で習った筈の元素記号を並べたもので、 これ等元素を用いた酸化物半導体であったのでした。 確り酸素が元素として含まれていますね。

このIGZOと言う酸化物半導体の一大特徴には 透明 があります。 当然光の透過率が高くなれば液晶画面後方から照らすバックライトの邪魔をせず、 従来より画面が明るくなる道理です。

またIGZOを採用した液晶パネルは高精細、低消費電力であると6月2日の記事に記しましたが、 これもIGZOの特性が直接的に大きく寄与しています。

一つ目は 電子移動度の高さ です。 電子移動度とは固体物質中での電子の流れやすさを示す指標で これが高ければ仮令幅を狭くしても流れ難いものと同様の流量を保てる筈です。 するとIGZOを用いたTFTでは画面の1画素1画素に占める半導体素子の面積が小さくなる理屈で 上に書いた光量の透過率を高めることも、 また解像度を高める、即ち高精細化に直接寄与出来もするのでした。

もう一つが リーク電流の低さ です。 半導体素子は整流機能や増幅機能を持つと同時にスイッチング機能を持ちますが オフに切り替えた際に意図に反して流れてしまう電流が少ないのでした。 液晶画面ではこれが比較的長時間の画像の保持に繋がります。 すると画面書き換えの必要のない時には電流を流さなくて済む訳で これ即ち省電力に繋がるのでした。 これをシャープ社では 液晶アイドリングストップ と呼ぶのだそうです。

以上でさえIGZOの液晶画面に於ける基本性能の高さが分かりますが、 更にシャープでは従来結晶構造のIGZOは難しいとされていた課題を克服、遂に CAACC-Axis Aligned Crystal) と同社が呼ぶ結晶構造を有したIGZOの開発、量産化に成功したのです。 従来の非晶質のものをアモルファスIGZOと呼べばこれに比べCAAC-IGZOは 特性変動が小さく信頼性も向上、IGZOの物性は安定化され、 製造時のプロセスウィンドウ、即ち製造のための温度、圧力、時間等の適用範囲が拡大されるのです。 これ等の性質からCAAC-IGZOはアモルファスIGZOに比べて 高精細化及び製造プロセスの簡略化、液晶パネル以外への応用が可能となります。 実際10月11日のかたむき通信の記事にある AQUOS PHONE ZETA SH-02E にはCAAC-IGZOが採用されていると言います。

こうして見て来れば如何にIGZOが、そしてCAAC-IGZOに期待が持てるか、 シャープ社の復活を期した切り札、虎の子ともなるのでした。

しかし残念ながらこのIGZO技術が存分に活かされている状態には無いのが 現在の同社の最大の問題であろうと思われます。 IGZOの主力生産拠点である亀山第2工場の稼働率は低いままとされますし それはアップル社からのiPad用調達が切られたためである[※1] ともされます。 またかたむき通信に思わず酷評をものしました 電子ノートWG-N10[K6] に採用された液晶パネルは如何にも物足りないものでした。

液晶パネルはシャープを始めとした様々なメーカーからOEM出荷されていますから 製品は同じでも液晶画面は異なるメーカーのものである場合も出て来ます。 すると当たり外れが発生し、何故かこのタブレット、若しくはスマートフォンは電池の持ちが良い、 などと言う事態にもなる訳で、当たりがシャープ製のIGZO液晶パネルだったなどと 実しやかに囁かれる処です。

またIGZO採用パネルではパネル面積に占める半導体素子の面積割合が小さくなりますから タッチパネルとしての精度、感度も上がる理屈です。 どうしてこれを電子ノートに用いてくれないのでしょうか、実に悩む処です。 電磁誘導方式に匹敵せよ、と迄は言いませんが、 かなり高性能の描画ガジェットとして電子ノートが発売されれば それこそ或る程度の値付けがなされようが或る程度の支持は確実だったでしょう。

シャープ社にはどうにかして経営危機にある自社に効果的に この大きく期待される技術を活かして欲しいものです。 兎も角も経営的なものであれ、技術的なものであれ、 孰れにせよIGZOの今後の動静は注目すべきものと、 改めてIGZOについて復習してみて思われたのでした。

追記1(2019年4月28日)

本記事配信以降もシャープ社の凋落は止まらず、遂に2016年には台湾の鴻海精密工業の出資を受け傘下に入る処となりましたが、 経営陣の交代もあってか、以降、業績は回復し、2017年年末には東証一部に復帰を果たしました。 舵取りさえ誤らなければ、元々技術力には定評が有るのですから開発にも再び力が入ります。 本記事に紹介したのは量産初期のIGZO技術でしたが、 此の度、シャープ社のニュースリリースには第5世代のIGZOの開発が公表[※2] され、日経新聞やネットメディアなどにも取り上げられ[※3] 其の技術は既にスマホなどモバイル向けから大型パネルサイズまでをカバーが可能で、 去年2018年11月に発売の80V型8Kチューナー内蔵液晶テレビに採用されてもいます。

本記事にも紹介した リーク電流の低さ の齎す低消費電力は勿論のこと、ニュースリリースに特に主張されているのは、 此れも本記事に紹介した 電子移動度の高さ にて、此れが2016年第4四半期より量産している第4世代IGZOに比較して1.5倍の性能比と、 更に高機能化を果たしているとします。 そして注目したいのは此のIGZO第5世代技術を用いたTFTをシャープ社は 中型有機ELディスプレイなどへの応用 を進めていくと明言していることです。 現在、薄型ディスプレイの主流となるのは未だ液晶ですが、 枯れた技術の扱いに定評のあるiPhoneでさえ、ハイエンド機に採用している様に、確実に有機EL化は進んでいますから、 第5世代IGZO技術への期待は高まるばかりでしょう。

シャープ社の直接的な凋落を招いたのは液晶への行き過ぎた拘りでした。 今後主流となる有機ELディスプレイに於いては第5世代IGZOを擁したシャープ社の成功が予想されますが、 望むらくは今回は液晶の轍を踏まぬ様に願いたく思うものです。

追記2(2021年5月30日)

身売りに依る経営陣の交代で復活なったシャープが、今やスマートフォンでもシェア上位の一角を占める様になったのは、 Business Insider Japanに2021年5月28日に配信された記事[※4] に「シャープは、Androidスマホにおいては国内販売数4年連続ナンバーワンだ(BCNランキング)。 いま日本ではソニーのXperiaでもなく、サムスンのGalaxyでもなく、 AQUOSが最も売れているAndroidスマホということになる。」と 紹介される通りでしょう。 従って此の記事にも更には他メディアにも注目されるシャープのスマートフォン新機種は取り上げられるところ (デジカメWatchの2021年5月18日の記事[※5] など)にて、其の新機種こそフラグシップたる AQUOS R6 なのですが、参考記事にリンクを貼り置いた記事にも他記事にも注目されるのは Leicaライカ とのコラボレーション許りで、ディスプレイに関する言及はついぞ見当たりません。

果たして AQUOS R6 に見るべきディスプレイ技術はないのでしょうか、そんな筈は有りません。 復活なったシャープの経営陣は何よりシャープの IGZO 技術に注目[K5] していました。 当然ながら本記事に紹介するところのIGZO技術は大いに活用されています。

シャープはスマホに於いては勿論IGZO液晶を搭載したスマホを世に送り出していましたし、 第五世代IGZO登場[追1] の以前、2018年からスマホに有機ELディスプレイを搭載した AQUOS zero[※6] を発売しており、第五世代IGZO搭載とは謳われていないものの、 AQUOS zero2[※7] AQUOS zero5G basic[※8] を発売してもいました。 そして愈々此処に於いて遂に Pro IGZO OLED と正式にIGZO有機ELディスプレイを謳う AQUOS R6 の登場[※9] と相成ったのですから、もう少しライカカメラ許りではなく此方も取り上げられても宜しいかに思うのです。

兎も角もIGZOは有機ELディスプレイに応用され、遂にスマホに搭載されました。 更には此れのみに頼る切るのではなく、ライカとのコラボ、1インチセンサーの採用など、 現在スマホに要求される高機能カメラについても怠りない商品仕様となっており、 ディスプレイの基本的機能より一般に訴求する大きな要素ともなっているでしょう。 シャープが国内Androidスマホ市場に暫くは強い存在感を保つのは疑い得ない様に思います。

使用写真
  1. IGZO!! 液晶きれい。電池もちどうかなー。(2020年1月15日現在ファイル削除確認)( photo credit: hirotomo via Flickr cc
かたむき通信参照記事(K)
  1. クソ株ランキング2012上半期にノミネートされる企業をビジネス記事に見直してみた(2012年7月9日)
  2. シャープ残酷物語~免れ得ない大幅人員削減(2012年7月24日)
  3. シャープ危機~株価ストップ安が鴻海出資交渉に影響(2012年8月4日)
  4. シャープの身売り先にはソフトバンクが好適かも知れない(2012年8月28日)
  5. 足元を見られるシャープが虎の子のIGZO液晶を狙われる(2012年9月11日)
  6. 電子ノートWG-N10発表~矢張りシャープは駄目かも知れない(2012年12月20日)
参考URL(※)
  1. シャープ再建の切り札 IGZO液晶の“不都合な真実”(ダイヤモンド・オンライン:inside Enterprise:2012年12月25日)
  2. 第5世代IGZOを開発 ~モバイルから大型パネルサイズまで全面展開~(シャープ:ニュースリリース:2019年4月24日)
  3. シャープが第5世代IGZOを開発、8K液晶パネル拡充へ。有機ELにも応用(AV Watch;2019年4月24日)
  4. いつの間にかトップシェア常連になったシャープ。「ライカコラボ」は成功するか(Business Insider Japan:2021年5月28日)
  5. シャープのライカ監修カメラスマホ「AQUOS R6」詳報(デジカメ Watch:2021年5月18日)
  6. AQUOS zero を商品化(シャープ:ニュースリリース:2018年10月3日)
  7. スマートフォン AQUOS zero2 を商品化(シャープ:ニュースリリース:2019年9月25日)
  8. スマートフォン AQUOS zero5G basic を商品化(シャープ:ニュースリリース:2020年9月11日)
  9. 5G対応スマートフォン「AQUOS R6」を商品化(シャープ:ニュースリリース:2021年5月17日)
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